何度見ても面白おかしい光希の超お子様的反応ぶりだ。鼻の上を青ブラシで染めて顔面蒼白になったり、真っ赤に染まって目がタテ線になったり、軌跡を残しながら首をブンブンふったり、意味もなき画面をグルグル回ったり、ともかく見ていて飽きない。現代の高校2年の女の子の実像にぐっと迫った……と言うと凄く語弊があるところだろうか。「春なんだから刺激的に恋がしたい」等とのたまうあたりは、精神年齢がもっと幼いと解するべきだ。まだ、恋愛に甘い憧れを抱くローティーン的発想が、未開発な少女の内面を垣間見せるのである。久々に感じたロリ的トキメキと言える。(?)
 主人公本人の元気で向こうっ気の強いリアクションに十分に魅了されたところで、これまた少女マンガの典型と言えるようなボーイキャラクターが登場するのがなかなかニクイ。彼が現れた途端、背景はなんだかあっちの世界へいっちゃうし、色指定がパステル調にふっとぶし、何故か光希の髪がゾクゾクっと逆立つし(レストランで風が吹いてるはず無い)、あの初顔合わせ(遊にとってはちがうらしいが)シーンはすごいインパクトがあると思う。
 音楽も完全共犯で、とても内容に即してとは思えない異常な盛り上げ方をいちいちするので、額面通りに受け止めるとなんだか凄いことが次々に起こっているようで体力を消耗するのだが、おかげさまでメリハリに事欠かず何度見ても飽きない出来になっているのは、十分筆致に値することだろう。これは、典型的な少女マンガだ。しかしただ単調に、一人の女の子がある男の子を好きになるラブコメでないことはすでに第一話を一巡しただけで明らかである。両親の無鉄砲な交換結婚、而も有無を言わせずあっというまに戸籍上別れてみんな一緒に住んでしまうファンキートリックな急転直下型問答無用的設定も、変なアニメ・ママレードの印象を強く訴えかけているのは間違いない。異常な人達にふりまわされるフツーの女子高校生の視点が小気味良いリズムに乗って過激に映像化されたこの雰囲気は、ちょっと今までのアニメーション作品の中に無かったものだし(強いて言えば初期の頃の「エースを狙え!」に近そうだけど)、ついでにどこまで本気だかわからないほどギャグに転移されたラブコメ色を与えられているとなると、これはもう次の話しが本気で楽しみになることうけあいなのだ。ありき たりでない「変」さがろまこめアレルギーの人達にも十分訴求力を持ち得ていると私は思う。
 加えて言うまでもないが例の、ラスト一分間の衝撃スタイル。あの手法が第一話でキチンと確立していることも書いておきたい。保健室、穏やかな春の午後、さらさらと流れる気持ちの良い風。その中で、気になる男の子が突然おおいかぶさって…ちがう、近寄ってキスして来るその無軌道さには、正直やられたと思った。彼氏の側からの心情的部分の描写がそれまで全然無かったところへイキナリこの大胆不敵な犯行が描かれても、視聴者はのきなみついていけないところだろう。皆、あまりのことにあっけにとられて見守るしかあるまい。(どうやらそれが狙いらしい。)目の前に起きていることが信じられない。なのに淡々と流れるMOMENT。すでにサブリミナルな効果で音楽と画面の印象が脳髄にインプリントされてしまうこの瞬間、お子様だった光希は大人の女になるための第一レッスンに踏み出してゆく。そんな常識破りの破壊的ストーリーに、これからこころゆくまで振り回されていただきたいと思う。


 第一話では、あれだけ凝縮して話しが詰め込まれただけあって沢山あるママレードな登場人物のほぼ大方が出揃っているのだが、ただ一人、光希にとっての銀太の存在的位置付けについてがぼやかされていたのは印象強い。あれだけ仲が良くて、一緒に部活もすれば教室でも距離をおかない親密な付き合いをしているシーンを見ていると、本当はただのBFではないのではないかと勘繰りたくなるのだが、一方茗子の口から光希が中学の時その銀太に告白してこっぴどく降られているのと説明されると、当然「一体なぜ?」という疑問がわいてくる。光希をふったという銀太の本心がマジでわからなかったのだが、今回のストーリーで実際の中学時代の彼等の誤解現場に立ち会って、「ああ成るほど」と納得できた。さもありなむ、あの状況下で男子中学生が素直に光希への気持ちを仲間に打ち明けられるはずがない。女生徒にラブレターをもらって仲間に発見されてしまったような気まずい場面で、わざと突き放したような物言いをしてしまうというのは、あまりにもあまり、普通の男の子として当たり前の反応だ。それを具合悪く聞き付けてしまい、脱兎のごとく駆け出す中坊の光希……。ショックな気持 ちはわかるけど、必死に呼び止めて謝ろうとしている彼の言葉に少しは耳を傾けたっていいんじゃないのか。なんだか光希と銀太の過去の物語は、見ていて胸が苦しくなる。親友茗子は現場に居合わせた割に何の仲裁もしなかったみたいだし、不幸にも皆、あまりに子供過ぎたって感じだ。ああ、こういうわだかまりを引き摺ったまま時を経て今、あいまいな位置の男友達として振る舞っている銀太の立場を思うと、私なんかはフラストレーションが溜まる。君は今でも光希のことが大好きだし、相性も一番いいんだ。もっと踏み込んで行けよって、背中を後押ししたくなる気分。
 一方、同居人遊の存在が光希の中でどんどん大きくなっている事実も目が放せない。「ママレードボーイ」の命名もこの回の朝食シーンで為されるが、光希は甘くて苦いママレードジャムがあまり好きではないと言っている。お子様はアプリコットジャムをご所望だったのだが……しかしたまたまストックがあったのは、ママレードジャムだ。そして彼女はママレードのほろ苦さの中で、ほんのちょっぴり大人の世界を知る……というのは先読みがすぎるんだけどね。比喩としてはそういうことだろう。私も小学校低学年の頃はマーマレードが苦手だったけど、どっこい高校生にもなって、「苦いから嫌だ〜」とかいってる奴本当に居るのかなぁー。むー。ふと気付いたんだけど、「マーマレード」と発音せずに光希ちゃんは「ママレード」と呼んでいるわけで、これは明らかに英語としては発音ミスなわけ。が、この物語のタイトルがわざと『ママレードボーイ』とそのまま付けられているのは、それがあくまで光希の視点を通じて描いた、彼女の愛した「ママレードボーイ」についてのストーリーだから、というメタファー的意味付けがあるのは明瞭だよね。第2話にして彼女のママレード・Bは一回り二 回り初めの印象よりもその優しさが響いて、大きな存在になっている。実は彼女の心の推移について、正直銀太派の男の私には理解できない部分が多いのだが、やっぱ多少嫌味があっても当たりの柔らかい甘いマスクの男の子がもてるのだろうか。なんか不条理。 今回の遊君の戦略としては、異常家族から距離をおいて自分まで同化しないように努力している光希の潜在的孤独感に忍び寄り、実の母へのプレゼントというアイテムを口実に、かたくなな反発心を懐柔しようという魂胆だ。自分の位置を一番いいポジションに置きながら、相手の弱みを突いて心理的に解きほぐす手管の見事さは筆舌に尽くし難い。誰が何と言っても松浦遊は全国男性の敵だと断言するぞ!


 この回で茗子が銀太を叱責するシーンがある。中学の時、あんな酷いふり方をした銀太には、今更光希と銀太の仲を邪魔する権利はないと言い切り、カメラが斜めにひっかたむいてキツク睨めつける、あの場面だ。普段穏健派の茗子があんな強い言い方をするなんて未だに違和感があるが、彼女にとってもあの中学のときの事件はそれだけ大きなものだったのだろう。多分、光希の悲しみをまともに受け止める立場であったはずだし、その分銀太の不誠実ともとれる言動に怒りを秘めていたのかもしれない。しかし……彼女の大きな誤解は、彼が本当は光希のことを大好きで、出来ることならばやり直したいという気持ちに傾いていることを読み切れ無かったことだ。ここで銀太を彼女が制しても、くすぶっていた男の炉心に炎を注ぐ結果にしかならないことを想像できなかったのは、冷静な茗子にしては珍しいミスのように思われる。茗子の感じた怒りの正体がも一つ見えて来ないが、彼女は一見おっとりとした人物に見えてその内面では、火のような感情が燃え盛っているタイプなのかもしれない。この点、今後のストーリーで明らかになる過激な行動と性格の片鱗を垣間見せているのもまた事実と言えよ う。こういう女性は、手強い。(遊君談)
 というわけで性の猛獣と化した銀太、光希の唇を無理やり奪う! 夕陽に燃える衝撃の映像に被さるのは「笑顔に会いたい」のイントロ。いやぁ〜、「MOMENT」よりもインパクトがある。まるでこのシチュエーションの為にしつらえたような(実際にそうかもしれない)劇的イントロだ。あの場面、完全におかしくなってしまっている銀太のムラムラが、んでもってあせるお子様光希の精神的動揺・緊迫感が、何度見てもやめられない面白さだ。光希の、一旦誘いこむような台詞から一転、完全拒否へと切り替わる流れるような態度の変化で、彼女の内面に今も深く食い込んでいる中学の時の銀太という傷を思い知らされた気がした。彼を突き飛ばして走り去る少女の脳裏に忌まわしい写真的記憶がフラッシュバックする様は圧巻で、ことの致命的本質を端的に表している。まだ、その時期ではないのだ。光希は思い出を消化し、今の銀太とちゃんとした友達として付き合える状態にまで漕ぎ着けたかのように見えるが、それは誤解と衝撃の記憶を封印し、精神的内奥へ押し込んで思い出さないようにしていたから出来た形式的反応だ。しかし本当に銀太のことを許し、うちとけ合う為には、押し殺して いる思い出の封を解いて全てを明瞭に蘇らせ、あらためてお互いの誤解や恨みを晴らす作業が不可欠だ。それができるほど今の二人は大人になり切っていないし、また松浦という敵が現れたことによるあせりが、茗子に叱責されたことにより苛立ちが、銀太の未熟な男性原理を刺激して、野生的状態に引き摺り込んでしまったのは事実として不幸なことだ。
 誰しもがこの回は失敗を犯しているのだ。それは、あの立ち回りの上手さで売ってきた遊にとっても人ごとではない。ワンダードッグで光希に、あの保健室での出来事をぽろりと漏らしてしまったのは、彼にしては珍しい失策だ。あの「既成事実」は本来、二人の中がほぼ確定的になるまでは漏らすべきではないのである。さもなくば光希の反発は必至で、「また怒っちゃった……」と呟く彼の内心では、話してしまって失敗したという気持ちが溢れかえっていたことだろう。珍しくいつもの余裕が感じられないと思うのは、私だけだろうか。
 けだし、まだみんな完全な大人になり切っていない。冷静に状況を分析できていない。ゆえに失敗するという辺りを、この回の連続的シチュエーションとしてとどめておこう。まぁ、だからこそ混乱して楽しくなっているんだけどね。ついでに、今んとこ完全な悪役に徹している亜梨実も言うことナシ☆。


 3話で登場した亜梨実のことが紙数の都合で書けなかったんでここで。初登場の時は唐突に現れたと思ったら、馴々しく遊と腕まで組んでただならぬ仲をデモンストレートした亜梨実。むろん、彼女一級のパフォーマンスだが、遊のことをあまりにも知らなさすぎる光希にとっては相当な示威行動になっているのがミソだ。私もこの場では流石にとんでもなくいやらしい女が出てきたもんだなと、光希に同情を覚えてしまった。だって次ぎのカットでは、「しつこいからデートしてやってるんだけど、あんなのもうふっちゃうわ……」とか何とか、一緒に遊びに来てる男のことをボロクソに言ってるのだから、性格的に若干疑われても仕方ないところだ。今にして思えば、ほんとうにしつっこくって断っても断り切れないから、ただの友達として一緒に来てたんだって想像が付くけど、いずれにせよ彼女が男にとって都合良く可愛い女でないことは確かだろう。また、遊に対する執着がなみなみならぬものであることを全身から漂わせているので、危険人物視されても仕方のないところだった。が、この回、銀太の追撃をかわす為に光希が亜梨実をダシに使ったことで、ようやく謎の女の子の正体が明らかにな る。「勿論、おごってくれるんでしょう?」といたずらっぽく強要して、ケーキを前に「わーい」とはしゃぐ彼女の可愛らしさは、もう一撃で私の心をノックアウト! なのだ。
 閑話休題、亜梨実がフェアーに自分と遊との関係を物語るシーンでは、涙ぐましいまでの彼にかける想いがひしひしと伝わって泣けるよう。回想シーン、深く降り積もった雪の中、結局遊が3カ月のお試し期間(!)を経ても君とは付き合えないと伝えた時の、亜梨実の光を失った瞳が忘れ得ない。こんなにいい感じの娘を、こんな風に突き放すことしか出来ない松浦という男の気持ちが、わからない。一見付き合っている時にはそれなりに仲のいいふりをしてても、実は心を許していないかたくなな自己防衛スタンス。亜梨実はその辺の、遊という人間の欠陥に気付いてて「一生恋愛なんてできないわ!」と捨て台詞を残して別れたのだろうが、それは今、光希と同居して彼女に接近を計っているこれまでの経緯を見ててもなんとなく感じられるところだ。彼は、好きな女の子の前でも自分の心の全てを見せてしまうことができない人間なのだ。どこかに、他人との間に壁を作らなければ話せないような、深い傷を負っているのである。現時点でその理由はわからないが、周辺人物にとってそういう遊の性格に対するはがゆさが、憤りが、不安が、次第に高まっているのは紛れもない事実だ。だから正常に判 断すれば今のところ、遊という人物は臆病な、そのくせ悪戯好きな人懐っこさを持った、光希のことが大好きなちょっと変な男の子なのである。いつもの素直じゃない意地悪なもの言いは、からかっているような冗談めかした態度は、懸命に自分を表現しようとしてうまくいかない、意外にも本命の異性に対する愛情表現の不器用な一面をのぞかせているのだ。(同情はすれ、変であることに違いない)
 一方、等しく光希のことを純粋に思いながら、これまたあまりにも典型的な男性的不器用さで光希に誤解ばかりされている銀太。追えば追うほど離れてゆく真夏の逃げ水のような女心に戸惑いながらも、果敢に弁解を試みようとする態度に、真剣そのものの必死な男の純情を感じる。本当に、どこまで銀太って不器用ないい奴なんだろうか。そして光希に対するこの何年間かの秘められた熱い想いに、涙しそうになる。傷付けてしまった大好きな女の子に今更本心を打ち明けられなく、その資格もないと思い込んでいるナイーブさに、心して耳をかたむけてやってほしい。光希の家の前で待ち伏せた彼は、ついぞ中学の時の事件の真相を語り、光希への愛を告げ、松浦との交戦を宣言するが……時すでにおそし。光希は同居している口当たりの良い蛇のような男のとりこになりつつある。(涙)


 かましてくれるぜ!! ママレード。ラスト1分の衝撃シリーズも、ここまで来るともはや児童福祉法違反だ(なんだそれ)。相変わらずいろんなエピソードが詰め込まれていて一応「メダイユの伝説」とかふんふんとうなづきながら見ていても、最後の最後にこれほど強烈なエピソードフラッシュで終わられた日には、それまでスタックしてきた細かい記憶が丸ごとふっとんじまう。それほどのインパクトを引っ提げて唐突に姿を現す、人気のない離れの図書館でのあいびき茗子。ちょっと前に、教師らしい教師桐稜NO・1の評価を得て紹介された人の良いおっちゃんが、次のシーンでいきなりこれかよぉ〜と、全国の茗子ファンのこぶしをプルプルと震わせたのである。もう、これ見るの15回目位だけど未だに震えるぞ、このシーン。みなぎるぞ、厚い血潮。猛り狂うぞ、猥褻の嵐!(なんやねん)
 とにかくいわゆるMOMENTに乗ってじっとりと抱き合う二人の肉体のアニメートのいやらしさは筆舌に尽くし難い。ここまでスローモーションで腕を回すとは、演出家梅澤氏のいかがわしい狙いに脱帽である。このシーンは確か各種アニメ雑誌でも取り上げられ随分話題になったものだ。相手の肉体を切なく求めるような、しなやかな茗子の白い指先。蠢く肉欲の心と心。まだ幼い女性徒の背を抱くように引き寄せて、己の胸板にぐぐぐっと押し付ける名村のためらいがちな腕。そして茗子のつまさきが立ち、磁力で吸い付けられるように二人の唇が甘く、深く、重なり合う……この一体感。この熱い抱擁とベーゼは、TVアニメーション史上類を見ない最強の表現力でもって男と女の営為をつぶさに紡ぎ出し、他のいかなるH系作品の刺激をも超えて心ある視聴者の生唾をごくりと飲み込ませるのだ。なんもここまでやらかさんでも……と思うし、描かれる淫らな女性徒役があの、我々がとても良く知っている、すでに知り過ぎるほど知っているつもりになっていたおとなしやかな美少女茗子であるなんてオチは、一瞬何が起こっているのかまともな判断力を失わせる強烈なシチュエーションだ。いつだ って何が起こるかわかりゃぁしない油断大敵ママレードリリシズム最高の裏切りのフルカウンターパンチ! そしてあのポーカーな松浦があっけにとられて足を投げ出し放心するラストカットの表情に、視聴者の全意識が集約されていて、初めて彼の心の中に一般人が入っていけたと感じた瞬間のように思える。問題はもう、光希一人のラブコメに終始するわけにはいかなくなってしまったのだ。松浦も、時には主役の座を退かねばならない。
 とはいえ、緊迫した光希と銀太の関係についても精算しておかなくてはならぬだろう。とりあえず今のような、銀太の告白から逃げ回るだけの態度は慎もうと思った光希ちゃんは、はっきり「考える時間が欲しい」と彼に申し出て承認される。だがこの行為も、正直言って「逃げ」にすぎないのだ。確かに茗子の言う通り、なるようにしかならないのは事実だが、そうなると今の光希はどんどん松浦という、一つ屋根の下に過ごす一番気になる男の方へと傾いていってしまうのは必至。となると銀太は散々生殺しの状態でほっておかれた上に、ポイ捨ての憂き目を見るのは避けられない勘定だ。光希のこの度の判断保留と見せかけた現実的「NO」の返事は相当にひきようで、酷いもんだと私は断言したい。なんて女だ。だって天秤にかけている男を、ライバル関係だと知っていて同じコートに立たせダブルスで組ませようなんて考え、まともな神経の女が思いつくアイデアじゃないぞ。おまけにノコノコ誘われてやってきたヒーローが、練習もせずに完璧なフォームでコーチにスマッシュを決めるなんて、あまりにも安易。少女マンガにありがちな、あまりに理想で固められたキャラクターとお話の展開なん で、呆れ返るより他ありゃしない。こんなやつ地球上に居るわけがなかろう!! と叫んだところで、人間不信に陥る前に、ここらでコメントをとどむ。


 前回の続き、名村との熱いラブシーンを演じた茗子は、その現場を目撃されてしまったことに強いショックを受けて、遊に口外せぬことを願い出る。当然松浦は性格的に、そんな大事をみだりに他人へ喋ったりするはずはない。「言わないわね、あなたは…」と気付く茗子の判断は正しく、普段あまり話してないようでも相手の性格を良く知り抜いている感じだ。さもありなむ、遊と茗子はどことなく似た人物なのだ。この件は光希の口からも語られたいる。決して自分を見せようとしないところ、いつも笑顔でごまかしているところ、冷静さを保っているところがとても似ているのである。こういう性格は光希や銀太といった直情型キャラクターと正反対なのだが、かえってその違いが相性的にはうまく噛み合っているという設定が水面下で組み込まれているらしい。そういうことってありそうだ。茗子にとっては、自分の事をやおら詮索・干渉されるよりも、光希のようなまず自分の事を真っ先に喋りたがるような友達の方が、話しがしやすいに違いない。こうしたスタンスは偶然であろうか、遊が光希をからかっているときにも、どことなくあい通じるものがある。彼は茗子と同じく自分の本音を決して 悟らせないスタンスであくまで相手の悩みに答えることに徹していて、良きアドバイザーとしての地位を確立してきた。そしてこういう人物にもともと光希は弱かった。というよりも、そういう人にいつも側にいてもらうことを必要とするタイプの娘なのだ。この件は、男・女の問題を語る以前に、光希が本来要求するパートナーシップの条件に端を発しており、それがやがて友情を超えた愛にすり替えられているような気がしてならない。「保護者」を必要としているのなら、それは単なるお子様以外の何者でもないのではないか。それは本当に恋愛なのか、という疑問。
 ……というような深刻な問題を抱えるにせよ、しかしそんな重いテーマにいつまでも引き摺られているほどママレードボーイは、愚かではないのだ。疑問を巧妙にすりぬけ、問題を適度にすり替え、どこまでもコメディ調で立ち回る器用さが、アニメならではの「重くならないトレンディドラマ」であるのだ。銀太の熱血直情性は往々にしてこの緊張感のブレークスルーに利用されてきたが、彼の光希に対する愛と焦りの高まりにつれ、それがだんだん洒落にならなくなってきてしまっている。となると第二の銀太が場面をほぐすためのスケープゴートとして必要になる。そこへ颯爽と現れるのが、全くどーでもいいが居ないと話しが面白くならない変な人物、六反田である。彼の要請は相当にこじつけで、銀太の従兄弟にして、松浦を昔からライバル視している、亜梨実に片想い中の、かつて銀太経由で光希にウィンブルドンのバッチをくれた人、なのだ。(要するにみんなと何等かの形で関わりがある。)このレギュラーキャラ総接触型の設定はいささか強引にすぎる気がするが、元より世界の完結したママレードならではのわざとらしい人物構成で、大変よろしい。この「世の中の狭さ」は、後々三輪や すずの登場にも応用されるので、組み立て強いパズルを解いていくような楽しみがこれからも味わえること請け合いだろう。あるいは、複雑に関係が絡み合いながらそれでいてみんな仲良しという、吉住先生の作品構成意図にも良くなじんでいる。六反田というキャラクターを通じて銀太の性格が対照化され、わかりやすくなっているのも成功だ。光希の「銀太なんか大っ嫌い!!」の一言であまりにもぶざまなスランプ状態に落ち込みながら、彼女が戻ってきて「かっこ良くスマッシュ決めてよ!」と言われた途端にたち直ってしまうゲンキンさ(というより単純さ?)は、六反田の似て非なる直情と遊の熱しにくい性格の間でコミカルに浮き立っているのだ。同時に、彼の光希に対する愛もしかり。
 今回は銀太が中心課題なのは確かだが、ところがそういう彼に対し勝利の余韻の中で、遊君がとても素直になるひとことがある。「気にならないわけ無いじゃないか、光希が好きになった男のコト」……これは……額面通り受け取ってもいいとすると、銀太にとっても我々にとても、ちょっとインチキな発言だと思うね。正々堂々勝負する気は無いんだろうか。


 この修学旅行のお話しって、ママレードシリーズの中でもベストと呼んで差し支えない話しなんじゃないかなぁー、と思う。少なくとも私はこれが一番好きだ。何回見ても可笑しいし、また胸が苦しくなるような切なさがある。この悲喜こもごもの、登場人物達の心理的な裏面をじんわりと絞り出すようなエピソードのつみ重ねが、それぞれ丁寧に描かれていればいるほど効果を博して、ママレードリリシズムなる哀切を歌い上げる。青春という名の甘酸っぱい一過性の熱病のような愛くるしい時を、存分に味わいゆく主人公達。そこへ顔を突っ込んでしまった以上、ある一定の年齢以上の人々は懐古的感情を押し静めることは出来ない。あるいはまた自らの青春を持ち得なかった人達も、仮想恋愛大国の渦中にのみ込まれながら甘くて苦いママレードな時間を追体験するに違いない。何故か、この十代後半の時にしか味わえないような切ない懐かしい響きが、修学旅行へ飛び立つ飛行機の爆音の中に鳴り渡っているような気がするのは、私だけなんだろうか? 悲しみも、人生のリアリズムだ。
 特筆すべきは、やはり亜梨実の可愛らしさだろう。今回の亜梨実は抜群に生きている。あの、いたずらっぽい猫科の目、コロコロした笑顔とじゃれつく腕。もうたまらないコケティッシュさだ。おりしも彼女が銀太を巻き込んで恋の一大パフォーマンスを演じようとしているエピソードなだけに、若干演技がかったあざといポーズがこれまた亜梨実という女の子の魅惑的イメージを加速させている。だれもこんな娘にかかっちゃ「NO!」と言えないんじゃないだろうか。まなざしの暴力は果敢に光希へのライバル意識に燃えて相手を挑発する。おそらく光希でなくても全身がプルプル来てしまうに違いないところだ。実はここに来てようやく光希の閉ざされていた感情が爆発する。ライバル登場? 銀太のことが好き? だからこれはヤキモチ? ……かたくなに否定しようとしても体の衝動は収まらない。両の拳を握り締め、亜梨実の積極的な行動と銀太の曖昧な態度におもいっきり怒りをぶつけてしまう。こんなに乱れっぱなしの光希を見るのは初めてのことだし、彼女の心の傷たる銀太の存在の大きさにあらためて感じ入る次第。断言してもいいが、今はまだ銀太のことが好きでしょうがない状態だ。 もし遊という恋愛を越えた「家族」が存在しなければ、今すぐ銀太を取り戻しに亜梨実さんへ向かって行った筈なのだ。だが、だが、それでも尚、光希が動かなかったとしたら……それは計略家亜梨実にとっては大きな誤算となる。
 流石に遊は、この状況下においても無理に光希を制したりすることはない。むしろ、気になる須王のところへ行かなくていいのか? と突き放している。さもありなん、落とすつもりの女が激しく他の男に嫉妬している姿を目の当たりにしたら、下すべき手など存在しないのだから。いらぬこと触れなければ自分のところへ帰ってくるだろうという計算がクールなポーズの下に見えている気がする。第一聡明な松浦君には、亜梨実が仕組んだ恋の偽装のからくりがある程度見えているに違いないのだ。彼女の自分に対する気持ちは十分に知っているし、謀略家の面は3ケ月のお試し期間で重々承知していることに違いない。彼が亜梨実を受け入れなかったのも、果敢に相手のプライベートな部分に踏み込んでいく性格の強さが逆に遊君の心の防壁を高めてしまったためと想像される。となると亜梨実攻め、銀太受け、のシチュエーションは理解できるはずだし、急激な展開に裏があることもわかっていたと考えるのが自然だ。ましてあの、てきめんに嫉妬する光希の姿を見せられては……干渉しないのを得策と判断したのも無理からぬところだ。
 だが亜梨実ちゃん、たとえこれが作戦成功で銀太と光希がめでたくくっついたとしても、そこで遊が抱くのは亜梨実という女の子への懐疑と憤りになるのではないか。この計算行動は、どのみち彼女の破滅的恋愛への後押しにしかなっていないと思う。わかっていたのかもしれない。それでも、その道を選ばざるを得なかったのだとすれば……亜梨実、キミはなんて悲しい女の子なのだろう。恋愛の不条理の中に聡明なキミをいつまでも置いておきたくない。


 ベスト・オブ・ママレードのあとは、ワーストなのか? なんだか高まって来た興奮がふにゃふにゃになってゆく気がする。何故こうなるのだろう。何故、光希は両親が仕組んだ罠にまんまと引っ掛かってしまったのだろう。そして何故、光希は遊から離れられなくなってしまったのだろう。光希は一体この同居家族に、何を求めようとしているのだろう。
 前回の修学旅行を引きずって、光希は朝から元気が出ない。銀太のことが心のどこかにしこりとなって、もやもやとわだかもっている。その苛立ちの原因がはっきりしなくてお子様は困り顔だ。もしかして遊より銀太が好き? これは焼きもち? そんなことをボイスメモに向かって尋ねても、答えはやっぱわかんないよね。ゆえに彼女は遊とも顔を合わせづらくて朝からぐたぐた自室にこもっていたわけだが、それを無理やり外へ引きずり出して大家族和気あいあいのバーベキュー大会に巻き込む強引さは、光希の戸惑いと反発を引き出しても不思議じゃない。異常家族に染まらないという決意をここで故意に固めたのは、明らかに光希ちゃん朝からアンニュイモードに入ってたからだ。原因は男の子(銀太)のことなのに、家族愛への不信へと問題がすり替えられている。これはずるいと思う。今の光希には、ゆっくり落ち着いて物事を良い方へ考え直すことが一番大事だというのに……。家族内で意見が衝突した光希は外へ飛び出し、小物屋で偶然亜梨実と遭遇するが、疑惑の彼女が綺麗にお化粧して香水を漂わせていることや銀太と待ち合わせをしているらしいことを知って、これまた妙な疎外観にさ いなまれてしまう。何処へ行っても、たとえお気に入りのお店に出かけたって、今の彼女の憂欝な気分は解消しないのだ。まるで世界から自分だけが一人、取り残されてしまったような感じ。
 そこへもってきてあの、いきなりの夫婦喧嘩シーンなのだから、光希ちゃんたまったもんではない。ついでに見ている我々にもたまったもんではない。どうしてこんなに暗いトーンばかりでたたむのか、納得できないぞ。今まであんなにアップテンポで擦り抜けて来たママレードが急激に灰色のトーンに落ち込んでしまうのは、耐えられないのだ。これは非常にまずい出来だと思う。原作に同様の描写があるからというのは別問題で、ここでこのタイミングで光希を精神的に追い込むやり方はズルイ、ズルすぎる。それこそ論点がずれていると言うべきではないか。今、考えなければならないのは、銀太と亜梨実の関係に対する光希の動揺であって、家族問題がこれに干渉していっしょくたに語られるのは違反だと思う。(原作における本エピソードの挿入は問題が無かった。そこではハッキリ両親への光希の反発と家族の在り方のみが、主テーマとして据えられていたからだ。)
 だから精神的に追い込まれた光希が自室に引きこもって泣き出してしまうところで、窓を伝って侵入する遊の行動が、ものすごくずるく見えてしまう。このタイミングであんな風になぐさめられたら、それまで好意を抱いていなかった相手にだって子供はグラッときちゃうだろう。その辺を計算づくで最大限利用しているのかどうかは知らないが、光希の涙を拭う遊のポジションには、激しい苛立ちを味わう羽目になってしまった。いつもてんで光希のことを子供扱いしておきながら、反抗の芽が出てきたら心理的プレッシャーを全員ぐるになってかけまくり(演技と気付いてて、光希の前で引っ越しの必要を持ち出した遊も同罪だ。)、泣き出したところでフォローを入れにいくなんて仕業が、家族だからって一体許されるものなのか!? そういうやり方は光希の大人としての人格を認めていないんじゃないのか。嘘で試すことも罪なら、家族の愛をふりかざして、疎外されたものの不安をあおるやり方も汚すぎる。たとい神が許しても私は許さんっ! 特に遊の、自分にはまるきり罪が無いという態度には、光希本人が納得したって私は認めやしないぞ。(感情的発言)
 以上、最考を求る第8話である。家族を受け入れるならば遊を受け入れるべきと、脅迫的選択を迫るやり方だけは改善されたし。(けれどこのままズルズルと行ってしまうんだ……悲)


 これですよ、これこれ。ママレードとは、こうした恋愛関係の混線を意識的にスリ抜ける楽しさがあればこそ、その真価が発揮されるというもの。深刻顔は決して似合わないのが大いなる救いなのだ。それもこれも六反田というパワフルで突出したキャラクターが介入するから、という点にあまりみんな思い至っていないことだろう。当人そのものははっきり言ってどーでもいいような単純お馬鹿男だが、彼が画面に登場すると恋愛にまつわる個々人間の緊張が消し飛ぶ構造になっている。こういう餌付けの仕方というのは、実は大切なのだ。深刻ぶって話しが進みそうになったら、ポンと渦中に放り込んでやれば勝手にドタバタを引き起こしてストレスを抜いてくれる存在というのは、シナリオライターにとっても好都合な手駒に違いない。彼を笑い飛ばすことで画面が明るくなるならば、どんどん笑われてしかるべきキャラクターなのだと思う。どんなに笑い者にされても最後に適当なフォローを入れてさえおけば、こういうシンプルなキャラはすぐに有頂天になって喜び勇んで退場してくれるのだから、お話をまとめ上げるのにも好都合、使わない手はあるまい。
 古着屋のジャンクジャングルでアルバイトに励む遊と光希。ふと気付くのだが、遊君は光希に接するときだけ少年にかえる。どうしてなのか、少年らしい少年時代を過ごしてこなかった反動のようなものがにじみ出ている気配がする。それも光希の前でだけ、かたくなに自分を出すことを拒んでいた防壁が崩れるのだ。これは現時点では本当に不思議と言うしかない。「うちの箱入り娘に悪い虫がついたら困る」という台詞は、そのまんま、「光希は俺のもんだ」と言っているようなものだからだ。そんなこと、学校で茗子やクラスメートの前で彼の口から絶対に聞ける気がしない。あるいは木島店長との相性の問題もあるかもしれないが、明らかにこのアルバイトの現場で、彼は好きな女の子を前にして「少年」を取り戻している印象がある。
 追って亜梨実と銀太がお店に入ってくる。これは言うまでもなく光希の存在を意識した亜梨実の作戦だ。功を奏して光希ちゃんは、二人が本当にデートしているものと信じ込み動揺するが、このクロストライアングルのただ中へ大慌てで駆け込んで来る前述の場外乱闘野郎、六反田の参入が見事に亜梨実の計算を吹きとばし、彼女の受難の元となる。このパターンはつどつど繰り返されるとはいえ、熱烈なラブコールにいちいち反応する亜梨実の表情の豊かさに、心がときめく。テニスの試合の時のアカンベーもしかり、修学旅行の時のエレベーターでの「ビーッ!」も良かった。しかし、今回の「ばっかみたい!!」と投げ捨てるように言う台詞は、久川さんの演技のうまさとあいまって更にゾクゾクッときてしまった。亜梨実も、実のところ六反田を前にした時だけ、小学生に戻るのだ。それは、小学生の時からしつこく繰り返して来たもはや儀礼的とでも言うべき否定ポーズだから……と私は踏んでいる。考えすぎかもしれないが亜梨実も意外に、六反田のある部分に自分本来を取り戻せる何かを感じているのかもしれない。でも今更六反田のことを好きになれるはずがないから、どことなく性格の似た銀 太に魅かれていってるのではないか。顔も性格も六反田よりは、いいことだし。(人間どうしのことだから、生理的に受け付けないって部分もあるよね。)
 とにかく色々外野がうるさいのだが、この話しのトピックはそれこそもう一つある。冒頭で開始された、三輪さんの茗子ちゃんアタックだ。我々は既に茗子が名村先生とできていることを知っているから、多分それが徒労に終わることを確信してやまないが、ある意味、悲しくも寂しい恋にくれる茗子の青春に一輪の華があってもいいようにさえ思えてくる。三輪と茗子の組み合わせが決して合っているとは言えないが、彼女にとって少しは肩の力を抜ける時間があってもいいのではないか。今更蒸し返すようだが、修学旅行での、ロマンチックな函館の夜景。決して人前では大好きな人と寄り添うことの許されない茗子の悲しい愛が、並んで楽しげに学生時代の思い出をふりかえる名村と亮子の背を見つめていた。二人が仲のいいお似合いのカップルに見えれば見えるほど、茗子の心はさみしさに沈む。この表情の曇りに気付く遊だが、彼にはどうすることもできない。そして深夜、ベッドをはい出ての逢引で見せる、昼間とはうって変わった笑顔がたまらない。自分の全てを投げ出すかのような、相手の事を信じ切った訴えかけるような瞳。心震える乙女心がキラキラと純真にまたたいている。あの、すま した雰囲気の似合う少女がこんな無邪気な笑顔ができるなんて、信じられるだろうか。大人びた茗子がこんなに可愛い素直な女の子に……。私は名村の罪を思う。教師という立場上、自校の生徒とのあからさまな恋愛はご法度とはいえ、こんないたいけな娘を飼い殺し状態にしたまま正式に付き合ってあげることのできない男の罪。愛すればこそ、そんな処遇にあえて甘んじる17才の茗子の罪。罪にいだかれたこの笑顔の少女は、いったいかわいそう過ぎるのだ。決して表面に出そうとしないだけに、その禁断の愛の辛さが痺れるように伝わって来るから、私はなんとかして彼女に人並みの青春を捧げてあげることを、是としたいと思う。それが誰かにとって残酷な結末を迎えるしかないとしても、なのだ。

10
 えー、少年少女マンガを問わず、男女同居もののお約束です。親がどっかいっちゃって、一つ屋根の下でふたりっきりになるドキドキロマンス。仕組まれた甘い罠。若き二人の貞操はいかに!?(ちがう) タイトルからして意味深ですね。なんせお風呂ですからね。しかし、ハダカだったのは遊なのよ、というオチはチト悔しい。少年マンガだと逆のパターンで燃えるんだがなぁ。同人誌でやれってことか?
 ま、それはともかくとして、今回光希の激しい意識ぶりが突出していて凄いです。「まさかいやらしいビデオじゃないよネ」と「ね、寝るぅうううー!?」は、名言中の名言。お子様のくせに一体何を考えてるんだか。イヤよダメよと口では言っても、思い切り良く期待している様がアリアリで、ホラービデオ見ながらぬぼーっと遊の横顔に見とれているところなんてホント救いようのないヤツ。全く、妹としての自覚なんてありゃしません。(妹だよな、確か……。)光希って、けっこうエロむすめだなぁ〜とか思ったりして。(うれしそう)
 とかなんとか、光希のことばかり考えてても面白くも何ともないわな。結局、なんのかの彼と二人っきりでいられるのが嬉しいだけの乙女なんですから。となるとやっぱり気になるのは、ポーカーフェイスで無神経を装っている遊の心中がところですがな。彼はなにせ保健室で一方的に光希の寝込みを襲った性欲魔人なのだったりするからして、ひょっとしたら腹の底では「しめしめ もう一皿いただくチャンスだ!」とかなんとか考えてても不思議じゃないわけです。まぁ、まともな(健康な)男の子なら、光希ちゃん以上に何かを期待してて当然てところでしょう。バイトをさっさと切り上げてホラービデオを借りておくところなんて、計算高い彼の戦略的手口のように思われますが、果たして否定できるのか、セクハラ松浦!! ついでに、照明を落として雰囲気を盛り上げる作戦も、よくある恋人攻略の手法。暗くなってしまえば心理的抵抗感も減って、二人はいつしか熱く絡みあっちゃう〜、なんてこともあるやもしれない。あとは、お子様の抵抗さえ無ければ……そう、だんだん遡っていくけど、二人でTVを見ていて突然光希の手を握り、じりじりと熱いまなざしでにじり寄った(風に見えた)遊 君。ごまかしてたけど、あれって本当にせまるつもりだったんじゃないかというのが、私の意見。ところがあんな風にオドオドした目で見つめられた日には、方針変更を余儀無くされてもいたしかたありませんがな、まだまだ踏み込むには早すぎる。かくして遊君、とりあえずおとなしくビデオを見て、しかるのちお風呂大作戦に切り替えたのです。
 光希のことを「せっかく心配して起きてやってる」遊君は、一体何を「心配」していたのかがなかなか興味深いですネ。その内容は明らかに入浴のアクシデントを期待するものであったわけで。而るに彼が合法的に光希のお風呂中のドアを引き破って浴室に踏み込み、ムフフーンシーンを目撃するシナリオも、ある程度初めから出来上がっていたに相違ありません。あとは光希が自滅的に問題を引き起こして何等かの理由により風呂場で倒れ、いくら呼んでも返事がかえってこない状況が発生すればカンペキ。彼女がのぼせ上がるように、湯温、量、換気、入浴剤、洗剤配置、湯船の蓋の位置にまで細かく策略を練ったものと私は推測します。勿論、お風呂に入るまでにいろいろとプレッシャーをかけておいてナカナカお湯から上がれないような心理状態を作り出しておくこともぬかりなし。かくして罠は執念深く張り巡らされました。駄目押しに「おーい光希、いつまで入ってんだよー!」と、上がるころを見計らって戸口で声を掛ける事も忘れません。案の定、食虫植物にとらえられたハエのように光希はバッタリ、暑気あたりで倒れ込みますが……遊君最大の誤算!!!! 光希はすでにバスタオルを巻 いていた……(チ〜ン})

11
 昨晩、弾みで遊のことをひっぱたいてしまった光希は、朝から顔を合わせづらくてしょうがない。(なんかこのパターンばかし。)そこへタイミング良くかかった電話は、今日が遊の誕生日であることを教えてくれた。そこで光希ちゃん奮戦、二人のために素敵な夜を演出しようと、遊のお誕生日パーティーの準備に取り掛かる。苦心の末手作りケーキも出来上がり、電気を消してキャンドルの灯りの中で遊を待つ光希。「なんか綺麗だ…」とのたまう遊のまなざしは、お化粧して綺麗な服を来た光希の姿をじっと見つめている。キャンドルでなく、光希のことが綺麗だと感想を漏らしたのは間違いないのだが、「なんでケーキじゃなくてあたしを見てるの?」のモノローグは大馬鹿。化粧お化けになった光希の顔もちょっと……まだ口紅の似合う年齢ではないゾ! お子様の分際で。
 いい雰囲気が二人を包み、あわば二度目の接吻か!? と思われたこの非常事態をぶち壊しに来るのは、当然亜梨実だ。銀太だ。特に亜梨実の機転は素晴らしく、小石川・松浦家の両親Sが出かけてしまい子供だけ二人っ切りという情報を得た瞬間、これと遊の誕生日という情報を総合して、こういう事態をある程度想像していたらしい。クラッカー持って現場へ踏み込むあたり、その行動力にはひたすら敬服である。しかも、何も知らぬ銀太をちゃっかり呼び出してひきずってきちゃうあたりが流石、偽装工作のプロ。頭脳派の彼女らしい作戦勝利といったところだろう。案の定、丸一日銀太と亜梨実が一緒だったというデマカセを真に受けて心揺れまくる光希の取り乱しぶり、亜梨実の悪びれもせぬだましのテクニックと対比的で、燃える燃える。お子様の気持ちをいたぶって許されるのはなんだか亜梨実だけって感じるのは、彼女の言葉に罪の匂いがしないせいだろうか。
 しかしなんとなくうまくいってたのは、ここまで。よりによってあの六反田が何の前触れも無しに乱入モードになった為、光希と遊の二人っきりのパーティーはどさくさと喧騒にまみれた乱痴気騒ぎになってしまうのだ。亜梨実と銀太ペアあるところ六反田の尾行ありの鉄則はここでも崩れること無し。恐るべき執念と厚顔無恥なあつかましさ、そして平気でケーキや料理にケチをつける無神経な言葉にみんなの赤外線ビームを浴びるあたり、自業自得で笑える。方や、光希が松浦のためにこんな手作りの料理までいそいそ作っていた事実を目の当たりにし、一人で勝手に嫉妬でプルプル震えている銀太のモノローグも、こういっちゃなんだが可笑しい。このメンバー、この組み合わせ、結構いいコンビでありながらそれぞれの思惑は複雑に絡み合って見掛けとは裏腹、ついでに気持ちはてんでバラバラなのがコメディタッチでうまく描かれている。笑いのポイントは非常に高い。こういうかけあい漫才的雰囲気って好きだな。……してみると、六反田という変な人物も必要不可欠な「ママレードボーイ」だったりするのだ。
 まぁ、それでもいつものラスト一分のMOMENTモードは健在です。これがあるから、いつも最後は現実に引き戻されて身が引き締まる。ギャグでたたみこんでも最後をシリアスで決める辺り、トレンディ系としては必要にして十分な手法であろうかと思います。そして今週の疑問。トランプを探しに自室へ戻った光希のところへ、何を血迷ったか銀太が入ってきてしまう。その途端、耳まで真っ赤になるフルフェイス化粧パック口紅お化け光希。だ〜が、ちょっと待ってくれ! なんで遊がプライベートルームに入ってくるのは平気で、銀太だとこんなに抵抗するのか。光希の乙女心の底にはは「遊」=「家族」、「銀太」=「特別の異性」という意識が潜在的にあるのではないか。普通それは恋というのではないか?? と勘繰るのだが、どうもその辺はうやむやにされてしまうようだ。松浦のために香水(コロン)迄つけている彼女にメラメラと激情が盛り上がり、ぶち切れた銀太が、「俺を選んでくれなければ亜梨実さんと付き合う、おまえ次第だ」と脅迫的にせまるあたり、若さ故の暴走とあやまちカナ。

12
 銀太に、自分か松浦かどちらかを選ぶように最終通告を受けても、未だうじうじと悩む光希。あまりの決断力の無さに、相変わらず堂々巡りのストーリーを繰り返すのだが、いいかげん返事を先送るのは逃げているだけだよと茗子に諭され、その意見の正しさをかみしめた光希はつい泣き出してしまう。そう、このままズルズルと曖昧な態度を取り続けても、それは残酷な仕打ちでしかない。はっきり返事してあげなくては失礼なだけだ……うん、まぁその通りなんだが、既にここまでズルズルに引き摺っている状態なんだから光希は十分酷い女だと思うぞ。こんな奴に付き合って招待試合に向けての特訓まで面倒を見てしまう銀太って、我慢強いというか人が良いというか、純粋なだけに光希のことが本当に好きなんだなぁ、と思い入ってしまう。ただの友達ならばここまでは出来まい。私としては二人がコートで朝連をしているシーンが、休憩室で汗を拭っているシーンが、べたべたくっついているだけのカップルよりよほど自然な組み合わせに見えるんだが、この思い、間違っているだろうか。少なくとも銀太の力添えで光希はプレイヤーとして成長しているし、恋に束縛せずに自覚の手助けをしている という印象は大きい。友達のままでも構わないが、銀太の気持ちに応えてあげても二人の関係はそれほど変化は無いだろうし、逆にその方が、いい関係がよりはっきりしそうな気がする。
 一方、問題の松浦君だな。ぼーっとTVを見つめて試合のためのイメージトレーニングだとうそぶく光希を街へ連れ出し、テニスウェアを買ったりして気分転換を促すのも、茗子に電話をして相談に乗ってあげるよう頼むのも、確かに彼らしい優しさと気配りだと思うが、こういう形で甘やかしてしまうのが正しい愛の形なのかと考えると疑問だ。前にも書いたと思うけど、これまでの光希と遊の関係って保護者とお子様の関係にしか私には見えないのだ。言うまでもなく、松浦君のような存在の庇護下にあるかぎり、光希のような自立心の薄い子供は大人になることができない。あるいは、なる必要もない。そういう仕方で、光希本人の自然な「らしさ」を引き出しているという意見も成り立つが、テニスの試合に集中して立ち直ろうとしている今の光希にとって明らかに必要なのは、銀太の存在だろう。遊はいつも優しく暖かく見守ってくれる空気のような存在かもしれないが、そうして呼吸がいくら楽になったとしても本人が次のステップへ自覚的に踏み出さなければ意味が無いんじゃないのか。ただ遊に甘えるだけの関係ならば……それが家族としてであれば別に問題は無かったところだが……いつか その関係が破綻した時の立ち直りのきっかけはどこでつかむのか。その時、彼女の隣りにはもう、銀太は居ないかもしれない。
 まぁいくら当人達のことについて理屈で揚げ足を取ったところで、光希がはっきり銀太をふる決心をつけてしまったことは押しとどむべくもない。テニスコートで銀太に寄り添う亜梨実さんの姿を見つけて、尚いっそうその決心は固まったようだ。確かに光希の判断は、この時点においては正しい。銀太が亜梨実と居る間、それがだんだん自然なことになっているのは確かだし、亜梨実の側でも相当に意識しているはずだ。彼女の仕組んだ偽装恋人ごっこだって、誰とでもいい、というわけではないのだ。さもなくばあれほど、須王と六反田への対応が切り替わる筈がない。であるから確かな話し、銀太は亜梨実という、大切になりかけている人と付き合うべきなのだが……その道はむしろ光希にとっての損な選択になるのだ。銀太を捨てることによる彼女の損失の大きさは果たして、遊を手に入れる価値と天秤に掛けて尚、担いきれるものなのかどうか。これは大きな問題だろう。

13
 「銀太を他の人に取られるのは凄く嫌なんだけど、お願い、亜梨実さんとつきあって。」
 ついに光希は銀太の件に決着をつけ、引導を渡す。意外な返事に愕然とする銀太は、亜梨実とのお付き合いが実は芝居であったことを話すべきかどうか迷いまくって爆烈モード。そのうちに光希は「ごめんなさい〜!」と言い残して走り去っていく。あ、待って、ちょっと、光希……タタタタター。これってあまりにもマンガチックで、前回まで溢れかえっていた怒濤の緊迫感がどっかふっとんじゃっている。てことは光希が結論を出してもまだ、あやふやな三角関係は続けるつもりなのだな。おそるべし、ママレード!! どこまで登場人物をもてあそべば気が済むのか。地獄の底までいたぶられ続ける哀れ男銀太モードが、この度の主役でございます。ま、亜梨実の企みに乗せられて大好きな女の子をだまそうとしたんだから、ある程度自業自得ではあるけれど。
 で、先週「お泊まり」に来た光希に、「はっきり引導渡したり〜」とアドバイスしてたきつけた茗子さんが、その舌の根も乾かぬうちに揺り戻しをかけて下さいます。やっとこさお子様が一大決心して正々堂々銀太に友達関係を宣告したっていうのに、その報告を聞きながら茶店で、「あたし間違ってたかなぁ〜。」とは、なんともはや無責任な発言ではありませぬことか。どうも気になるんだけど、茗子の些細な発言シリーズがこれまでも大きな影響を人物達に与えてきた気がする。影響どころかほとんど決定的な一撃を加えているフシがある。悶々と悩む銀太に火を点けたのも彼女なら、遊に魅かれている光希の気持ちを正面きって暴露したのも、彼女が最初だったのではないか。うう〜む、「ちょっと言ってみただけ、気にしないで。」的発言をする人間に限り、無責任に妙な核心を突いた意見を述べるものであって、今更態度保留のポーズを取るのはズルイ。本当に光希の一番の相談相手なのかどうか、ちょっと疑問だ。
 が、この都度の茗子の意見書の内容については、大筋賛同である。松浦君のことが光希にとって新鮮で心魅かれるものであったのは、間違いの無い事実。そして一番必要としているのが、今まで一緒にいて心の支えになっていた身近な男の子、銀太の存在であることも……。銀太の穴は、いくらスーパーマンの遊にも埋められないだろうし、逆に遊の存在が今の光希の心に占めるポジションも、勿論銀太では補償し得ぬものだ。しかし「家族」は遊以外にもたくさんいる。光希にとっての心を許して甘えられる対象は、それが「恋人」である必要性は必ずしもあるとは言い切れない。一方、何でも気軽に話せる一番仲良しの男の子なんて存在は、そうそう得られるものではないのではないか。人が人に心を許せる関係というものを軽視してはいけない。泣くくらいなら別れるな!! と私は言いたい。泣けるくらいなら、見失うな、と。「亜梨実さんがいるから私は身を引く」なんて態度は、一見正論のように見えるけど結局光希にとって言い訳であるにすぎない。彼女はただ、楽になりたくて銀太を切り捨てようとしているだけのように私は思える。
 功をあせり、逆に追いつめられた銀太が光希を待ち伏せて心のありったけを全てぶちまける真実暴露のシーンは、なんだかこれまでのわだかまりをすーっと解消してゆく感覚があった。しかし勢いに乗ってそのままチッスを迫ったのは、お子様向けでなかったかもしれない。ここまで気になる彼と男女の関係を拒むのは、中学の時のラブレター事件がトラウマっているのは間違いなかろう。ことあるごとに光希の脳裏にはあの忌まわしい光景がフラッシュバックするのだ。一方強引すぎるのがタマニキズ、雰囲気にのまれやすすぎるのか一旦調子づくと自分を制御できなくなってTPOをわきまえぬ行動に走るのが銀太最大の欠陥であり、そこを例によってあの松浦に突かれてしまうのがパターンなのは承前である。光希と銀太の関係が緊迫する場面では必ずや顔を出す遊君の存在については、ひょっとしたらあなた、年がら年中光希の行動を監視してやしない? と言いたくなるのは必至。最後に光希に呼び止められた時の、振り返りざまの遊のいやらしい作り笑顔に、してやったりの余裕が感じられて私はものすごく嫌な気分になった。考え過ぎなんだろうか。
14
 うちのライターさんの桜木えりなん曰く、「どうして遊はあんなに簡単に誰にでもキスされてしまうのでしょうね?」ということだが、多分この意見は多くの人が抱いているものに違いない。そう、松浦君は筋金入りの好けコマシなので……という説明じゃ石が飛んでくるな、こりゃー。う〜ん、じゃあTVをよーく見てくれ。遊は目を開けているね。どうやらこの辺に深い事情があるようだ。彼は光希とヤル時しか、目を閉じないのである。何故か? そもそも他人に心を開かず壁を作って生きている心に傷を負った少年は、キスそのもののような身体的行為すらも自らの城壁の外部へと追いやってしまうことができるのだ。外部化されて感情のこもらないキスは、彼にとってハエが止まった程度にしか感じないのであろうこと。相手がハエでは当然、心のドキドキも起こらないし、大した反応も見せようがない。(そうか?)相手を突き放そうとする意思も現時点では存在しない。そのまま受け身でほっておく方が得策であることを素早く計算しているのに相違ないのだ。亜梨実の行為をそのままに受け入れているポーズは、これで彼女との過去をきれいさっぱり解消してしまおうという姑息な企みが見え 隠れしていると思う。ここで突き放しても、反動で更に激しく求めてくる彼女の野生を熟知しているからだ。(う〜む)
 亜梨実もついに、今まで溜めに溜めていたものが一気に吹き出した感アリ。光希と銀太をくっつける作戦に失敗し、企みが全てばれてしまったことで、相当な開き直りが見える。光希に対してあらためて宣戦布告をうつ余裕を垣間見せるが、「あなたに遊はふさわしくない!」と叫んでしまう彼女は明らかにいつもの冷静さを失っている。というのも認めたくない事実「遊が光希にだけ心を開きつつあるコト」を自分で口に出して言ってしまったことに端を発していると思うのだが、どのみちこのまま冷静さを保つほど彼女のキャパシティーは余裕が無くなっていたわけで、今まで遊に愛を訴えたくても出来なかった我慢の日々も含めて、この辺で感情的に切れておくほうが亜梨実本人にとっても楽になれる道という気がした。まぁ、こういう錯乱ぎみの行動そのものにしても亜梨実だとものすごく絵になる。彼女の気性の激しさや、みかけとはうらはらの純愛路線が、心にビーンと響くのだ。亜梨実でなくては、桐稜の校舎の前で男の子にキスしちゃう大胆な行為も許されないだろう。涙を見せてもかっこいいのが亜梨実の野生的パワーであり、すがすがしさだ。この、ドロドロとした物語の中で彼女の流す 雫だけがキラキラと純粋な愛の光に輝いて見えるのは、一体私だけだろうか。亜梨実賛、私は彼女のような生き方をすることの出来る芯の強い女性が一番好きだ。
 おっと、しかしこの回、亜梨実の件にばかりとらわれているわけにもいかないのがしんどいところ。まだ宿題は残っていた。茗子のことだ。そして名村を巡る亮子先生と木島先輩の十数年を経た思い。ここでも、恋と友情が錯綜している。茗子の家庭環境の酷さも状況描写的に語られるのが、これまた重い。いつもあんな涼しい顔で学校へやって来る少女の取り繕われた仮面の下では、ガラスのように脆い悲しみにくれた素顔が存在することをあらためて確認せねばならぬからだ。彼女にとって唯一の愛情の拠り所として教師名村が存在するわけだが、愛ゆえの禁断のシチュエーションが逆説的に茗子の悲しみを深化している事実にも目を向けぬわけにはいかない。水族館で、明日から愛する人と腕を組めないことを聞かされた、いたいけな少女の思い。遠目に、教師というテリトリーの中で亮子と愛する人が談笑する様を見つめる、愛のもどかしさ。何一つ恋人らしいポーズが許されぬ禁断の中で、孤独感を次第に深めていく茗子の発作的な激情に、無理もないやるせなさを感じさせられる。まるで悲しみを背負う為に生まれて来たような茗子の恋に、果たして「幸福」の二文字は訪れるのか? 今は主人公 のどっちつかずな恋の行方よりもこちらの方がはるかに重たい……。

15
 だんだん私個人の手に負えない問題を引き摺り始めるママレードであるが、もとより一視聴者の意見として、頑張って書き綴っていこうと思う。はっきり言ってここでの解説が偏ったものであるのは自覚しているが、ことの本質は多数意見によって正解を導き出される類いのものでないのは明らかだ。果たしてどうするのが本当に正しいのか、誰が間違いを犯しているのかなんてことは、このママレードな状況下にあっては容易に判断されるものではない。ある領域でそれは正しく、またある領域では誤りであるからだ。これだけ割り切れない話しを積み重ねるのも、ママレードがかたくなに青春リアリズム路線を追求してきたからであることは、重々承知していただけることと思う。ここに描写されている青春の軌跡は、ある部分にあっては作者自らがくぐってきた道の反映であろうし、またある場面にあっては答えがついぞ出なかった疑問の再提起であるに違いない。ことが人間同志の関係性にテーマを据えていて、他の状況的・環境的設定の中に逃げることを許さないところが、スポ魂でも勧善懲悪でも、まして推理・歴史ものでもない、リアル青春ドラマの厳しさである。あるいはトレンディ系スタイ ルを取りながらそうなり切れないところが、単純な結末へと予定調和的に編み上げる能力を放棄したこの深刻な混線少女マンガの、良いところなのかもしれない。いずれにせよ、この手法で攻める限りどんな結末を引き起こそうとも外部からの非難は免れないだろうし、議論も頻出するのは覚悟せねばならない。いや、むしろそこで意見したくなることが本来の狙いであって、単なる批判でなく批評を求めているのだとすれば、皆が納得できる当為として、理論派ママレードの存在価値があるように思われる。
 話しに入ろう。結局なんだかんだすったもんだもめまくった揚げ句、銀太の出した結論は「気長に待つわ」だった。実際、それが一番良いのかもしれない。光希のような女の子に急な返事を求めても、当然まともな返事が返ってくるはずがないのだ。彼女を追い込めば追い込むほどに、過去のトラウマった記憶はフラッシュバックされて銀太の存在自体が圧迫になる。それよりもむしろ、今まで折角築き上げてきた最高の友人同志としてのスタンスを崩さずに、青春時代をいい形で共有することのほうが互いの利益になりそうだ。うん、光希と銀太は恋愛をあせってはいけない。今、お互いが大切な存在であることを自覚しながら、発展的に高めあうことが重要だと思う。そういう絆を作り得るのは多分、この組み合わせより他に無いのだし。
 光希と銀太が停戦状態に入ったと思いきや、ところが今度は茗子と光希の間で戦闘勃発となるわけで、この休まる暇のない事件簿には正直頭痛い。とりあえず言えるのは光希の無自覚、そして茗子の思いやりの無さ、であろう。まず考えるべきは、光希が茗子に示す友情と茗子が光希に示す友情とが、形として異なるものであることだ。互いのことをおもんばかる本質は同じでも、友情の表現形態や介入の度合いはそれぞれのパーソナリティによって異なるもの。それを忘れて自分と同じ価値観で相手を裁いていては、友情の総崩れも避け難い。特に光希と茗子は人間のタイプが違うだけに今まで踏み込んだ付き合いができてきたのであって、その違いを考慮に入れなければコミュニケーションは成り立つべくもない。光希は、自身がこれほど重大な局面をもしあらかじめ友の口から知らされていたとして、それを自らの胸の内に引き受けるほどのキャパがあったかどうかを反省するべきである。話さないことも、思いやりの一つなのだ。
 そして茗子ちゃん。光希ちゃんの言う「友達」観念のおしつけについ苛立ったのはわかりますが、「親友って、弱みも傷口も何もかもさらけ出して慰めあったり甘えあったりする関係? そんなベタベタした友情なら、あたし要らない」という発言は、いくらなんでも言い過ぎです。クラスメートに「バイバイ」を言い捨てて教室を出ていった時の冷たさにも通じるのだけど、あなたは突き放した物言いを突然してしまう癖がある。干渉されるのを嫌うあまり、自分を心配してくれる人まで切り捨てて殻に閉じ籠ってしまう傾向は危険です。あなたが多分あまり得意としていない、「他人への思いやりの気持ち」を、もっと大切にするべきではないでしょうか。それは重ねて「あなたが守りたい」「あなた自身」に対する思いやりでもあるのですから。

16
 名村君が教師をやめると言っている。あの、教師という職業に自分の夢をかけて懸命にうちこみ、模範たらんと努力してきた名村君が、学校をやめることによって責任を取ろうとしている。当然、名村を取り囲む人達、生徒も、同僚教師も、校長も、ショックを受けずにはいられない。私にも、彼の言わんとすることが良く理解できない。茗子の為にこうするのが一番いいという判断は、一体どの山こえて出てくるのだろうか? 彼がやめてしまうことで一体何が償われるというのだろうか。そして償うべきものとはなんなのか。優秀な彼の犯した初めての失敗……それが彼自身のプライドを傷付けているのだと思う。結局、教師という職務を完全な形で全うすることを今まで目標としてきながら、あろうことかその理念と正反対の事件を起こしてしまった(と思い込んでいる)自分に、一人の女性徒を自宅謹慎にまで追いやってしまった当面の結果に、腹をたてているのだ。社会人となるためのモラルを教育する立場の者が、逆に世間から後ろ指を差されてしまうような事態を引き起こしてしまったことを悔やんでいるのだ。けれどどうなんだろう。彼が向けている怒りが自分自身に対するものならば、ゆえ に自らへのペナルティを課そうとするその行為が、果たして茗子の立場と気持ちまでも考慮の対象に入れてのものであるのかどうか。彼はただ、学校を去るという形で自身の傷付いたプライドをひっそりと癒そうとしているだけなのではなかろうか。
 むろん名村君の論理もわからないではないのだ。茗子という女性徒は、彼の存在が介入しなければ無事平穏に三年間の高校生活を終え、そして進学し、社会に出、普通の幸せを目指せたはずだ。そして桐稜高校の教員の責務とは、まさしく高校三年間を通じて生徒の人格形成を扶助し、将来社会に出たときに恥ずかしくない人間を育てることに他ならない。ところが今まで彼がしてきたことは、生徒の生長を扶けるどころか健全な学生生活そのものの妨害、破綻転落の手伝いを行っていたにすぎない。一社会人として、あるいは教育者としての立場を顧みるならば、一女生徒を問題児として扱わせるような事件を引き起こしてしまったことは最大の失敗である。あってはならないことであり、優等生的に見るなら教師失格というレッテルを貼られてもやむをえない。そういう自分を許せないという気持ちは簡単に理解できる。が、繰り返し述べるならばその思考の内に、愛する者へ救いを求めなければ生きていかれなかった真剣な茗子の思いのことは全く考慮されていない。教師としてのけじめの付け方はわかったが、それで人間秋月茗子の愛はどうなるのか。そして名村自身の真剣な愛はどこへいってしまっ たというのか。今の名村に茗子を幸せにすることは出来ない……それは彼が言う通りかもしれない。けれど彼が今姿を消したところで、それで秋月茗子が平穏に学生生活を終え、ちゃんと巣立っていけることとは一つも結び付かない。本気で彼女を愛したならば、彼女自身の愛に対する責任をも、一人の男として負うべきでは無かろうか。それを投げ出すならば、逃げたと罵られてもいたしかたない。それこそ「憎んで忘れてくれ」では済まないのだ。男には、蒔いた種を刈り取る責任がある。
 というわけで今回の件でいけば三輪さんの意見が一番正しいのだ。彼は普段おちゃらけているようで、一番状況理解が早い。加えて判断内容が正確だ。あるいは茗子を狙おうとする立場もそれほど無謀な企てとは思えない。画面に三輪という人物が存在することは、茗子にとっても視聴者にとっても今後救いになろう。だが肝心な松浦は何もしない。これが不満だ。光希はあんなに友の言葉に傷付いているというのに、優君のフォローはまるで自分自身の悩みを打ち明けるような寂しさを秘めるのみ。ある意味、茗子と遊が性格的に似ていて悩みを自分だけの世界で抱え込んでしまうタイプなだけに、今の彼には茗子をめぐる事件が他人ごとのように思われないからだろう。しかし、彼はこういう大事な時にこそ光希と茗子に助け船を差し出す役割なはずだと思う。

17
 「ばーか言ってんじゃないよ、クラリス〜」状態なところを見ると、年上の男がうら若い乙女を引き離すときの常套句は、「おまえの人生はこれから始まるんじゃないか」的発言になるらしい。逆に年上の女が男の子をふる時には「こんなおばさんなんか相手にせずにもっと若くていい娘探しなさい」なんだな。(亮子先生が言うと似合いそう)しかしこんな言い訳はいくら優等生的であっても慰めにすらなりゃしない。人が人を突き放すとき、傷付けるものと傷付けられるものとの立場は明瞭で、それはいかなる理由の下でもフラストレーションを引き起こさずにはいられない。名村の言葉の内容は正しくても、茗子の悲しみの深さの方が感情論として先立つのだ。どちらが間違っているかという議論はたぶん意味を成さないだろうし、みんなが同じ論壇に立たなくては結論は出ないだろう。そしてそれは不可能なことだ。論じつめることよりも、名村が茗子を捨てて広島へ行ったという事実が重大だし、それでも尚茗子が名村を想う気持ちに変わりがないならば、それが最大の焦点なのだ。別れ際に名村のポケットへ入れたメダイユが多分、この後いつか二人を引き合わせることだろう。絆は、切れてはい ない。しかし今は名村の決心を変えることは出来ない。抱き締めてはくれても、彼は茗子のくちづけに応えてくれなかった。瞳を閉じない拒否の意思表明に茗子が気付いたことが悲しかった。茗子と一緒に、走り去る新幹線の窓越しに名村の姿を追ってしまった。二人とも心の傷は深く、少しでも癒えるのには時間が必要だ。再開の日まで、静かに待とう。
 というクライマックスになだれこむ前に、番組の中でなかなか見えてこなかった茗子と名村の初対面の頃のエピソードがようやく流されたのは、嬉しい出来事だった。中学三年の五月、高等部の付属図書館で出会った二人。ちょっと先生らしくない先生と、愛を初めて知った純な女生徒が、毎週逢う瀬を重ねるうちに魅かれあっていく様子が手に取るようにわかる。特に茗子の揺れる気持ちが痛いほどに……。手帳を見て叱られたショックと、次の週、もう会ってもらえないと気付いた時の喪失感。そしてそれが誤解であるとわかったとき、ぼろぼろと大粒の涙が少女の瞳から零れ落ちる。せきを切ったように泣き出し名村の胸に飛び込んだ茗子は、絞り出すように愛の告白をする。茗子の純愛があまりにもいたいけな姿に見えて切なさが込み上げてくる。思いが強ければ強いほど、今の二人は傷付け合うことしか出来ないのかもしれない。
 押さえきれない愛の衝動を胸いっぱいに溜めながら、現代のロミオとジュリエットは東京駅のホームで悲しい別れを迎えるより他なかった。茗子がまだ若すぎることが、「待っててくれ、いつか迎えに来る」という、当たり前な恋人達の言葉を奪ってしまった。名村の配慮は大人としての立場からは仕方ないことかもしれないが、茗子にとっては救いどころのない別れになってしまう。けだし、愛だけで全てを乗り越えることは出来ない。愛だけで人をしばることもできない。
 あーもう、それにしても親友であるはずの光希のふがいなさよ。べそかいて閉じ籠っているだけのおばかさんには流石に苛立ってくる。ぴーぴーと子供のように泣いて、茗子の別れの言葉も友情の陳謝もまるで聞いちゃいない。駆け落ちの決心を悟って遊が光希を強引に連れ出さなければ、ベッドの上でいつまでもうじうじ泣いているだけだったろう。こいつは本当に肝心な時にまるで情け無いというか、たいがいお子様にかえってしまうわけで、遊君でなくてはとても面倒見切れず愛想を尽かすに違いない。そういう意味では保護者たる遊の存在は認められるのだが……今の茗子の悲しみを一人で背負いきれるのか、光希! いや、それが彼女にとって荷が重すぎるのだとしても、今、傷付いた茗子がすがりついて泣ける相手は光希しかいないのだ。親友の光希でなければだめなのだ。だから、友の為に大人にならなくては。なってくれよ、頼むからさ……

18
 恋に傷付いた茗子に対し、「なぐさめる言葉などみつからない」と悩む光希。けれど、なぐさめることなど必要無いのだ。今の茗子にどんな言葉をかけたところでそれは、なぐさめになんかなりはしない。光希がすべきことは、茗子の親友として今までと変わりなく接して支えになってあげること。ともすると自分の世界に引きこもりがちな彼女を、学校でもプライベートでも、みんなと一緒の空間に引っ張っていってあげることだ。彼女の悲しみを癒せるのは時間だけだし、おざなりな言葉など何のなぐさめにもなりはしないのは明らか。それよりも光希の屈託のない元気な性格が、必ずや落ち込みがちな茗子にとっての大きな励ましとなることだろう。光希がいてくれるから、茗子は自然体でいることができるのだ。それは、今までもそうであったし、これからもそうなんだ。
 だがそれにしても茗子は強い女の子だと思う。謹慎が解けた日、堂々と登校する彼女の後ろ姿は、プライドの高さに見合った気丈さが見受けられる。このことは同じ性格と断言して間違いない、遊にはわかっていたようだ。たとえ悲しくても後退はしない。周りがいかにあれ、自分は自分でいられる強さを遊もまた、茗子の内部に感じとっている。両者は似ているだけに互いを理解できるようだが、これまでのところそれ以上踏み込んだ付き合いをしていないところが面白い。わかることと接触することとは別なのだ。特に、他人に内心を探り見られることが嫌いな同志だから、あえて直にかまおうとしない。そういうスタンスがはっきりしているからこそ、遊はどこまでも光希の行動を通じて茗子を力づけようとしているのだろう。私としては、遊と茗子がもっとお互い本音で語り合う機会を持ったほうが面白い結果を生むと思うんだけどね、そうもいかないか。(余談だが、ママレ当初は私、遊と茗子のペアで決まりかな、と思っていたの…)
 え〜、ほんでもってみんなでカリヨン牧場に出掛ける件だな。例によって遊君攻略の為の亜梨実の積極的なアプローチが炸裂しているが、残念ながらいかなる謀略の手を尽くそうとも、すでに出来上がっている遊と光希の信頼関係には踏みこめないようだ。その事を薄々感じつつある描写が随所に見られ、ちょっと悲しい。亜梨実には幸せになってほしかったんだが、現状では彼女の力では光希を乗り越えることができそうにない。遊君が求めているのは、管理できる可愛い女の子なのだ。そして彼はお子様の面倒をいちいち見ることにほぼ生きがいを感じている。変わった奴だと思うが、それが趣味だとしたらしょーがあるまい。んでもってもう一人あぶれているのが銀太だ。そもそもカリヨン牧場へ茗子を連れていこう! と言い出したのは彼なのに、一番貧乏くじを引いているのがかわいそうだな。五人で遊びに行ったりすると一人あまるのは鉄則なので、グループ交際は偶数で、っていうのがセオリーなんすけどね。ううう、若き日の苦い経験が……(今でも若いけど)
 どうやらもう、全回の話しで遊君が光希ちゃんの保護者としての役割に立つ構図は出来上がってしまったようである。遊がいないと光希は肝心な時に何もできない女の子なのだ。悲しい時、辛い時、自分自身を支えることすらかなわない女の子は、誰かにいつも側に居てもらって力づけられなくては生きていかれない。なんとなく光希のお子様としての本質が見えてきたし、こんな情け無いヤツに銀太のようなイーブンで相手と付き合おうとする実直な青年をあげるのは勿体ないと、私は感じはじめている。銀太みたいないい奴を今更光希の保護役に仕立てたくはないし、また下手に構っても振り回されるのがオチで気の毒だ。光希は……頭ごなしに「馬鹿!!」と言ってくれる男の胸で泣いていたほうがいい。きっとそういうことが言いたいにちがいない。だけど茗子、「恋ってなかなか思い通りにならないものね」と銀太・亜梨実ペアの耳元で囁いて自分だけスタスタと歩き出すのは……ちょっと非道じゃないこと?

19
 留美さんが正式に松浦留美となり、千弥子さんが正式に小石川千弥子となるこの日、光希は自分の今までの家族が解体してしまったような感じにとらわれ、心境複雑。子供の頃、仁パパと留美ママに買ってもらったクマの縫いぐるみにはしゃいだあの日を懐かしく思い出し、公園で両親と遊んでもらった日の楽しさを思い、家族として過ごし幸せであった日々が一体何であったのだろうかと、思い悩む。それは光希ちゃん本人じゃなくとも視聴者の面々が重々感じていることだろう。基本的に松浦・小石川両親Sはいつも軽口を叩いてふざけあっている印象しかないので、彼等が果たして真剣に家族とか子供達のことを考えているのであろうかという疑念があった。正確なところはわからない。ただ個人的に思うのは、留美さんにせよ千弥子さんにせよ、光希のことを色々気遣ってくれるシーンの描写というものが確かにあるので、全く深刻に考えていないというわけではないらしいということ。どうも普段はシリアスな現状認識を意識的に回避しているようだが、交換結婚という一大行事の前にはそれぞれが相当に思い悩んで考えぬいたはずで、そうした感情的わだかまりを乗り越えるのに一番いい方法だと 思い付いたからこそ、今の大家族一緒に暮らす形態が出来上がったことはほぼ間違い無いと思う。それなりに両親Sにも何か特別な事情があったことを私はほのかに予感している。
 となるとその、よほどの事情とは何であるのか? これは一つの想像にすぎないし、私はアニメを楽しむ為原作の情報を遮断しているのでどういう事態になっているか知らないのだが、多分光希は留美と要士の子で、遊は仁と千弥子の子ではないかということ。それが何かよほどの事情で結婚が交換されてしまったのではないか、というのが現時点での推測だ。むろん、間違っているかもしれない。吉住さんにはそういう意図が無いかもしれない。だが両親Sの交換結婚のことを好意的に解釈するならば、こうした仮定の元に話を進めるのが自然であるように思える。もともと19話で戸籍に書き込まれたような組み合わせの元に二人が誕生したのだとしたら、それは一番良い状態に戻ったということになろうし、親子が別れずに全員が一緒に暮らすという形態が子供達のことを最大限考え抜いた思いやりある英断というふうに判ずることができる。仮定の元に話を進めてもあまり意味がないが、ま、希望としてはそういうオチも考えられるということである。光希と遊の血縁関係も否定されることだし……。
 なぜこんなことを気にするかといえば、当然、この回で光希が遊を選んだことが判然とするからだ。ママレードの恋人関係の形成には、スポンサーの圧力もあってメダイユというキーアイテムが活躍するのは言うまでもないことだが、今回光希ちゃんはついに仁パパと留美ママとの家族の写真を、大好きな遊の写真に入れ替えている。「大好きな」と書いたところでものすごい抵抗を感じたんだが、実際そうなってしまったんだから仕方あるまい。光希は遊を正式に選んだ。それは間違いの無いことだ。また、それが今までの家族関係から光希が巣立っていったという意味合いであることも大きい。今この特別な日に両親と過ごすよりも、光希は一人で居ることを選んだ。否、フランス料理よりも遊と二人きりのファーストフードを食べたことの為す意味は強力だ。単に光希の保護者が変わっただけ、と悪口を言うむきもあろうかと思うが、それが光希の意思により為されたことならば敢えて何も口を挟むまい。真実は今のところ、あたたかいのだから。

20
 あああああ、ママレードって、絶対に変な番組だ。真面目に恋愛を描写する姿勢を見せたかと思えば、一転、完全なおちゃらけで遊びまくってしまう。このギャップは破壊的だ。主人公を含めて、みんなどことなく変な性格設定になっているのが何とも言えんが、まさか三輪生徒会長の毒気に当てられたんではあるまいな。とにかく深刻ぶっているだけが能ではない。ひょっとしたら遊と三輪先輩は出来てるかもしれない。愛し合ってるかも……というエピソードを本気になって進めるあたり、少女マンガの王道でいいんじゃない、と思えるのだ。一人で妄想してずっこけている光希が可愛い。ホント、かあいいじゃん。今までずっと眺めてきて光希当人がいい女の子だと思えたことは、申し訳ないが一度も無かった。けれども本気で遊が三輪にとられるんじゃないかと恐れを抱いて、果敢に挑戦状をたたきつける短絡した思考と直情型の行動に拍手!! 結構こんな女の子もコロコロ可愛いんじゃないかと、いきなり懐柔されてしまった私だ。
 変、なのは光希だけじゃない……か。茗子もかなりこの回はかなり変。いつもシリアスぶってるだけに、悲劇のヒロイン扱いで売ってるキャラとは思えない倒錯的ノリがいやはや何とも。文学少女は基本的にやおいに弱いというのは、説得力があって怖いくらいだ。遊と光希のカップルの噂にいきなり色めき立って、相性占いまでやらかしてドキドキワクワクしてるのが、いきなり少女少女している。女の子らしいこういうノリって、茗子には貴重だよな。その為にはこのまま三輪×遊でイッちゃってもいいかなーなんて少し思ってるぞ。そうすれば光希が遊を選んでしまう愚考も撤回されて、またぞろ、いいかげんなラブロマンスが巻き起こり楽しくなるんだがなぁ。(不謹慎)
 とりあえず真夏にマラソン大会をするというヘビーなイベントは、光希と三輪の対戦モードを誘発。松浦遊をめぐって、男と女の熾烈な戦いが繰り広げられる。(というよりかお互い、ただ意地になっているだけ。)百米走よろしく後々の体力配分も考えずにライバルとして張り合う二人が、なんだかすっかり子供で微笑ましいのだけど……最終的になんか三輪先輩にいいようにおちょくられている雰囲気は否めませんね。思うに三輪さんの正式なデビューが、本シリーズに重々しくのしかかる恋愛の複雑な行方に、たった一人口当たりの清々しい清涼剤を投げ込んでいるのではないか。深刻さだけで引っ張って行けるならば問題はないが、現状、これ以上シリアスなテーマを追い続けるとママレードの世界は壊れてしまいかねないところまで来てしまっている。単純に男女のドロドロした愛憎劇を描くだけならば、他の番組でもできることだし、そういうのはママレのハチャメチャな論調で語りきれるものでないことも確かだ。ストーリーが重いだけじゃ、アニメとしては失敗するだろう。(既にこの段階で精神的に重すぎるという評価は山のように頻出していた。)してみると三輪のこうした攪乱は至極大 事なものだったと言える。私はママレのキャラ中で三輪という人物が一番身近に感じられるし、非難のしようがないくらい好きなのだ。三輪さんのような人間に私もなりたい。
 ま、洒落で物を言ってるうちは存在が重くならないというのは有り難い。色々と複雑な事情が絡んで空気が悪くなる前に、さんざんママレのお馬鹿なキャラクター達をおちょくり回して欲しいと思う。現時点で光希をからかい、茗子を口説き、そして遊の上前をはねる勢いを持つのは、賢い生徒会長殿だけなんですからね。茗子ちゃんへの純愛が届くことを祈ってます。(相性がいいんだか悪いんだか、わからないですね。)

21
 前回でけっこう遊んだんで、今回はシリアス。けれど引きずってるテーマは同じです。遊と三輪生徒会長はひょっとしてできてるんじゃないか? 美少年二人、似合い過ぎるほど似合ったモーホーカップル? 恋の相性占いでも100%ぴったりの結果を出した二人、共通点を見出だせない人達にとってはどうなっているのかわからなくて当然だが、当初はギャグで流していたこのことが光希にとってはだんだんシリアスにのしかかってくる。家族でありながら、一応仲の良い兄妹でありながら、そしてひょっとしたら二人は似合いのカップルになれるかもしれないと思っていたのに、今はどういうわけか遊の気持ちが見えない。考えてみたらこれまでだって、遊がいつもどういうことを考え何を感じているのかということのこれっぽっちも、理解してこなかったのかもしれない。いつも笑顔でごまかしているあの仮面の下に、一体どんな素顔が隠されているのか。それがどうしても見えなくて、光希は深刻に思い悩んでいる。まあね、もともと光希は遊に関して何かを理解してあげようとしているフシが全然無かった。要するにただ一方的に保護される関係に甘んじてきたわけだ。二人の関係がうまくいって いる間はそれで十分だったし、とくだん問題とも感じなかった。しかし今障害にぶつかってあらためて考え直した時、今までの二人がちゃんとした信頼関係で結ばれていたわけではないことが、明瞭になってしまう。光希の不安は結局のところ単純に三輪さんという疑惑の人へ向けられ、あげくには敵対する羽目になってしまうが、この根拠のない幼稚な敵愾心を引き起こす原因を作っているのが、曖昧で人と距離をおいてしか付き合おうとしない遊の生き方であることは明らかだ。だから三輪に責任はない。むしろ彼が逆に、誤解している相手をからかいたくなる心境が理解できようというものだ。
 このような遊と三輪を挟んだ疑惑の罠は、先々週光希の良心Sが学校へ乗り込んできた時、偶然廊下でそれを見掛けた三輪生徒会長が千弥子ママに鋭い一瞥を投げ掛けたあのシーンで始まっていたのだ。いや、むしろ伏線としては、転校したばかりの遊がお昼のランチタイム放送で紹介される姿を、TVで見た三輪が、図書館でわざと彼の隣りに座って馴々しく話しかけるシーンにおいて、見えないひきがねが既に引かれていたのかもしれない。これまで謎のあぶない人物として終始してきた三輪悟史という長髪美男子が、ようやくストーリーに重要な関わりを持って介入してくる。しかも遊の出生の秘密がらみで。そして遊の本心を巡る謎めいた背景やその性格の成り立ち、そして深く心の奥底に閉じ込められた苦悩と、年齢的にはちょっと異常とも思える建築物への執着の理由が順次、見えてくることになる。あるいは何故、三輪は初めから遊のことを知っていたのかというこれまでの疑問に答える形で、いよいよ二人の因縁めいた関係に立ち入って話が進む。ただし、本気で二人のやおい関係に期待した向きには、ちょっと残念な結果しか残らないかもしれない。(やはり三輪さん攻め、ですか?)
 とりあえず光希は、遊のことを何も知らない自分にショックを受け激しく悩むことになるが、それも一つ、彼女が先へ進むために越えなくてはならないハードルに違いないのだ。遊が光希のことを理解してくれるならば、光希も遊のことをちゃんと理解しなくては望むような恋人関係になれるはずがない。彼女が遊の弱みも悩みもそのまま受け止められること、これが今後の展開の焦点になる。されど軽井沢の遊は、最近三輪と頻繁に会っていることを光希に問い詰められた時、つい血相を変えて「そのことは誰にも言うな!」と一方的な命令口調で叫んでしまう。つかまれた腕が痛い。これまでの余裕をぶちかました彼の優しい態度からは信じられないような、冷静さをほとんど失った激しい反応だ。ことの重大さを予感させながら、光希の驚きと困惑の中で謎めいた形で終わる本エピソード、いよいよクライマックスも近いのかもしれない。
 一方、茗子の方であるが、あのしぶとさを見ているとこっちの話しは相当長引きそうである。

22
 軽井沢で光希にショックを与えたことを反省してか、遊の優しさが戻っている。いや、戻るどころか以前よりかなり光希へのアプローチが積極的になっているような気がする。映画館で光希の肩に手を回す寸前の遊君。光希はソワソワしながらも、きっと遊はそんなこと全然意識してないんだろうと推測しているが、どっこいそれは違う。彼の気持ちを冷静に分析すると、この場で肩を抱くかどうか相当迷いながら意識的に手を回しているのは明らかだ。何故そう思うかというと、大慌てで映画館を飛び出した後光希の手を握りっ放しなのは、彼が握っていたいと思っているからだ。さもなくばそのことを光希に指摘された時、素直に手を放したはずだろう。結局のところ彼も男、今まで何気ない顔をしながら光希の世話を焼いていた遊君、一目会ったその時から彼女に相当惚れ込んでいたに違いない。多分、光希が今彼のことを好きになっている数倍も、遊は光希のことが好きだ。初めから好きなはずだ。今までだまされてきたのは主人公であり、我々なのだ。
 ところでそういう彼の心理がだんだん見えてきつつあるというのは、今ようやく遊の内面心理というテーマに沿って話が進み始めているせいなのは間違いない。以前よりはるかに彼の心理状態がはっきりするような描き込みがなされている点は、相当注目すべきだ。例えば光希がMOMENTのオルゴールに聞きほれている時、「買ってやるよ」と言い出すまでの心の動き。何か、光希のはしゃぐ姿を見る時のまなざしが特別のものになっているような気がする。あるいはオルゴールを抱いて「ありがとう 遊!」と、くったくなくほほ笑む光希の笑顔につい顔を赤らめるシーンなんか、それまで見られなかった遊の人間らしい反応だ。その様子からは光希のことが好きで好きで堪らないただの男の子にしか、もう見えない。思えば初めから彼がこういう素直な態度を示していれば、私もこれ程反感を持ち続けなくても済んだはずで、ここに来てようやく遊は人間らしい魂を作り手によって与えられたと言えるだろう。そして思うにこの変化は、三輪生徒会長と出会ってからのことのなのだ。マラソン大会のあの日、「光希をからかうのはお前の特権だってか?」と突っ込まれて、少年らしくすねた態度を見せ るあの意外な顔。……あれ以降、遊は変わった。確かに変わった。そしてその理由を掘り起こすことが当然これからのテーマだ。
普通に喜怒哀楽を示す少年になった遊君は、建築家志望の件を問い詰められてわざと素っ気ないモードになる。光希はその時、自分が遊のことを全然知らないことに気付いていて、少しでも好きな人のことを知りたいと思う気持ちからもっと何でも話してほしいと要求しているのだが……松浦君お得意の強烈に相手を突き放すような態度を受けて、超ショックモードに陥ってしまう。背後に立つ亜梨実の亡霊は、「遊はあなたにだけ心を開いている」というようなことを白々しくのたまうが、それが真実でないことを今一番知ってしまっているのは光希ちゃんなのだ。少なくとも遊の本心について、三輪さんよりも知らないことが彼女にはある。それだけは確かだ。そして核心に触れる部分については必ずといっていいほど完全拒否されている。後で「ごめん」とあやまられても、人間というのはこういう形で自分が相手に拒否されていると感じると、癒しがたい疎外感を覚えて不信に陥るものだ。そういった不幸な事態を果たして避けて通るのか、それとも踏み込んでいくのかという選択はこの後光希本人の判断にゆだねられるが、多分彼女のことだ、どんなにショックを受けようと意識的に相手の中へ踏み込 んで行こうとするだろう。そうすればこそ、これまでの曖昧でいいかげんだった彼女の気持ちも贖いを受けるのではなかろうか。今、顔をブラシでまっさおに青ざめさせて光希ちゃんショック! モードに陥ったりするのも、二人がこれから本当の恋をするための通過儀礼と考えるとわかりやすい。
 しかして三輪先輩と我らが茗子ちゃんとの、今んとこ最強最悪と言ってもいいほどの組み合わせには、なにかこちらまで鳥肌が立ってきそう。あの不意打ちのキスも二人の恋の進化のための通過点なのか? しかしこちらのカップルはあまりにも前途多難な予感……(個人的に三輪さんのアプローチの仕方にはものすごく親近感を覚えますけどね)

23
 先週のことを引きずって、光希は遊の周りにある高い壁に恐れを抱き、ずっと気に病んでいる。壁を越えようとした瞬間、彼女に返ってきた突き放すような遊の強い態度が心の奥深くに強いショックとして刻み込まれ、ふとしたきっかけで後からつい脳裏によみがえってきてしまうのだ。いつも優しい彼が突然別人のように彼女を拒絶する瞬間、「お前に関係ねーよ」と言われたあのショッキングなイメージショットが、目の前の以前と変わらぬ彼の姿とどうしてもダブってしまう。前のように無邪気に近寄ろうと思っても、いつまたあの冷たい態度が現れるか知れないという不安が前に出て、普通に接しようとする意思とは裏腹にどうしても自然な振る舞いができない、苦悩。それを察して茗子は、気分転換のため親友を伊豆の別荘へ招待するのだが……あろうことか、その旅程に銀太も遊も三輪さんまでもがくっついてきてしまうので、いよいよ話がややこしくなるのだ。おまけに海岸では亜梨実や例のお邪魔虫六反田まで出没して(なんで居るんだ??)、大混戦。恋の火花バチバチと思えたが……それぞれの心の底には複雑な思いが横たわっていた。
 まず亜梨実。彼女は相変わらず遊に大胆なモーションをかけて光希のハラハラをあおって見せるが、内心、遊とはもう駄目だってわかっている。過激なラブアタタックもファンクラブのメンバーが駆け付けた途端解消されるその行動の裏には、彼女の行動が一種のジェスチャー(演技)であることを深くものがたっている。その夜の、やるだけやって駄目だったんだからもうあきらめるって言う少女の横顔がとても寂しくて、なぜかとても綺麗に見える。実のところ亜梨実は、憂いの表情の似合う悲しい女の子だったのだ。んでもって当然これに見とれる銀太。そして彼も、光希とはもう恋人になれないと予感していることを告白する。肝試しの夜、偶然二人きりになった銀太と亜梨実は、互いに見つめあい失恋の悲しさを共有するのだ。このシーンがいい! もの言わぬ両者の心の交流があたたかいオーラとなって見える気がする。こういう組み合わせもきっと、ありなのだろう。そしてまさしく二人のこの告白を契機として、ママレードな人々の関係が大きなターニングポイントを迎えているのを知らせるのだ。もう、みんな昔のようには戻れない。そしてただ愛情を激しくぶつけるだけではどうにもなら ないことがあるのだと教えてくれる。二人とも自分の力ではどうしようもない愛情のもどかしさと戦いながら、忘れるべき恋について語り合っている。そしてこのライバル脱落の構図は、光希と遊の関係をはっきりさせるための予備的な状況整理に他ならない。
 一方で光希と遊は今、かたく結び付く前に何かを超えようとしている。遊の悪いところ、光希の悪いところ、それらを一通りさらけ出してしまって心の底のわだかまりをぶつけ合わせなければ、二人はちゃんと結び付くことができないからだ。まだあのことを根にもっているのか? と怒ってみせる遊。自意識過剰じゃないの!? と突っ返す光希。そして言い過ぎた自分にハッと気付き、「もういい」と後ろ姿を見せる遊の為にプライドをかなぐり捨てて駆け寄りすがりつく。その大きな背に……。ここでやっと光希は精神的障壁を越えている。彼を失いたくないという思いが、傷つくかもしれないと恐れる自分に勝って、その胸に思い切って飛び込ませるのだ。そして無心な気持ちで身をゆだねてきた純真な彼女の態度に遊は限りない愛しさを覚え、彼自身も妹の肩をしっかりと抱きとめる。この流れるようなシーンは圧巻で、本心をなかなか明らかにしない遊がはじめて光希のことを失いたくないと告白する、決定的なシチュエーションを付加する。そこには愛を得た若き男女の深い信頼がある。相手のことを失いたくないから、自分が傷付くことを恐れずに飛び込んでいったリアルな恋心が見える。そし て、「俺は松浦要士の息子じゃない」という遊の衝撃的な告白は、どうしても避けては通れぬシビアな障害として、二人の知っている家族関係に深い傷を負わせる。何かが壊れ、何かが生まれようとしているのだ。見守るべきは二人のこれからの愛情関係だろう。

24
 遊は、ああ見えてもナイーブで傷ついているんじゃないかと話す三輪。私もそう思う、だって遊はいつも肝心な時とっても優しくて思いやりのある人だから、と光希ちゃん。二人の会話の間から、次第に準主人公たる松浦遊の素顔が浮かび上がってくる。多分、今まで我々が見て来た松浦遊は本当の彼ではないのだ。内心ではいつも繊細で状況に揺れる不安定な少年の心がむずかっている。心の底に深い傷を負いながら、それを誰にも話さずにこんにちまで来た孤独な少年の姿がそこには想像される。誰にも言えないけど、彼にとって片時も忘れ得ぬ深刻で重要な悩み。それを一生懸命に背負いながら、交換結婚家族の中で偽りの親子関係を維持してきた今までのことを、そしてその中で光希に出会い初めて女の子として好きになった心の遍歴をゆるやかにトレースした時、もうそこには鉄面厚顔の陰険な男のイメージは無くなってしまうし、余裕ぶちかました素っ気ないフリも彼ならではの必死な愛情表現の裏返しであることを知るのだ。小学校六年生の時、この世で一番信頼していた人間に対し致命的な疑惑を持ってしまった彼は、ナイーブな心をたたき壊されて他人に心を開けない人格に退行してしまっ た。いつも自分がこれ以上傷つかないよう高い防壁を築いて、その内側からしか人と接しようとしなくなった。この辺りの非常に同情されるべき松浦君の少年時代に触れて、多分一般視聴者も彼への評価を大きく変えたことだろう。この準主人公の人間性の本質的部分を見据えるための長い旅路が今までの、光希の心揺れるラブストーリーであったという見方も間違いではない。今、ようやく遊という人間が、傷つきやすい普通の人である事実が見えてくる。そしてただの、光希という女の子が好きで好きでどうしようもない男の子だということも……。
 その彼がついに実の父親と信ずる三輪由充に息子として会いに行くということを知り、光希は、ほっとけないと思った。捨てられた子犬のように寂しい顔をして一番の心の傷と戦おうとしている彼の側に連れ添って見守ってあげたい、という気持ちが押さえがたい衝動としてわき上がっていた。多分、彼はそんなことを自分から彼女に求めたりしないだろう。けれどこんな時こそ一緒に居てあげたいという気持ち、それは恋するものとしての当たり前すぎるほど当たり前なもの……。折しも「親友」銀太が、インターハイの試合に出るからどうしても見に来てほしいと、すがるように言う。「御免ね、御免ね。」と、涙ぐんでしまう光希の気持ちが痛い。もう遊のことを選んでしまっているから、一番好きなのは彼だから、たとえ銀太が「お前に来てほしい!」と懇願してもそれに応えることはできない。今、遊にとって一番必要なのは多分自分だから、愛する人の傍らにどうしても居てあげなければならない、という光希の決然たる意思が、それゆえに銀太へと思い残す心を泣かせているのだ。かつて好きになった人のために流す綺麗な涙だ、と私は思う。
 銀太は、光希のことを本気で愛している。それは間違いないことだと思う。だが彼という人のことを考えると、その正義感は大好きな人を泣かせてしまうようなことは絶対許さないはずだ。この時光希を泣かせてしまったことに大きなショックを覚えているし、そこまで彼女を追い詰めてしまう原因が松浦がらみでしかあり得ないことを知っている。だから彼はそれ以上、自分の要求を押し通せない。大事な試合だから、どうしても光希の応援が必要だという必死な思いが、大好きな女の子を決して悲しませたりできないという男のポリシーと激しく火花を散らして、いやが上にも葛藤を奮い起こすのだが……結局のところ彼は引いてしまう。否、引かざるを得ないというところに、優しい男気、須王銀太の慈しむべき愛情の姿を私は見る。二つの、いや三つの苦悩があらわに見えたところで、結果として光希が選んだのは遊だったという事実は、是非を越えて愛という名の元に尊重されねばならぬのだろう。されど、あまりにも悲しすぎる。愛とは、かくも悲しい決断を迫るものだったのであろうか。ママレードの業の深さを呪いたい気持ちだ。

25
 小六の時、祖母が母に宛てた手紙によって松浦要士は本当の父親ではないと知り、そこで記されていた三輪由充という男をこんにちに至るまで実の父と信じてきた遊は、ついに直接三輪家に乗り込んで事の真偽を確かめようとする。しかし……そこで語られたのは意外な事実。確かに三輪由充は昔、事務所に勤めていた千弥子に惚れていて交際を申し込んでいたが、彼女は大学時代に付き合っていた男が居ると言って断ったという。彼女とはそういう関係ではなかった、と。したがって三輪建築士は遊の父親ではあり得ないのだと聞かされ、そこで、張り詰めていた気持ちが遊の中で崩れ去る。一体、今までそう思い込んできた苦悩は何だったのか。もし三輪が真実の父でないとしたなら、一体、本当の父とは誰なのか? 今となっては亡くなった祖母に事情を聞くことすらできない。かといって今の両親にそんな事を聞くなんてことは、絶対にできっこない。信じていたものが、張り詰めていた気持ちが、ガラガラと音を立てて崩れ去り、遊は潮騒に誘われるまま海岸へ赴く。三輪は、遊が本当に弟だったら良かったと声を掛ける。遊は、悟史さんみたいな兄貴欲しくなかったよって、笑ってにくまれぐちを たたく。けれど一生懸命笑顔を作っている彼の心は泣いていたから、光希は離れられないと思った。連れ添ってあげたいと思った。
 それは、恋だろうか。彼女一流の同情だろうか。それとも家族愛だろうか。私にはわからないが、少なくとも光希が大切な人の傍らに居てあげたいと思ったことは事実だし、それで十分だとも思える。これ以上何を悩むことがあろうか。光希がここに居てくれるのだ。その胸で暖めてくれるのだ。これが今、彼の受け止めることのできる最大の真実であるし、それ以外に一体何が必要だろうか。遊。
 複雑な事情があったにせよ、生んでくれた母親に、血の繋がりがないのに可愛がってくれた父親に、遊は感謝していると言った。ショックは隠せなかったが、それでも家族への愛は失わなかった。それが大切なことだったのだ。事情はいかにあれ、それを乗り越えて愛しあうことができるってこと、これ程人間にとって重要なことはないだろうし、正しくママレードの隠されたメインテーマだと思う。いろいろ困難を乗り越えた上で、今は四人の両親が等しく愛情を注いでくれる。この中に暮らす彼等にとっては、今の形態こそが真実の家族愛の完成型であることに気付かなくてはならない。血の関係を乗り越えた愛の形もこの世には存在するということを受け止めなくては。そしてそういう思い切った変則家族を構成することを決断した両親Sの真意が、実のところ遊と光希二人の子供のための最善の判断だったのだとしたら……そのために彼等は互いの伴侶に対する愛情を乗り越えてきたのだとしたら……その可能性は大いにあり得ると思うが……どんなに感謝しても足りぬほどの本当の親子としての絆が、きっとそこに見出だされることだろう。
 遊はまだ疑っていた。これまで一緒に暮らして光希の気持ちがほぼわかっていたとしても、どこかで彼女の恋心が自分へのものなのか銀太へのものなのか、はたまたただの幻想であるのかなんて疑念を抱いていたようだ。なんとか光希に「大好きだ」と想いを伝え、雰囲気にのまれて彼女が「私も遊が好き」って告白しても、どこかでまだ疑っている遊は「ばーか」と言って素直に受け入れることを拒もうとしてしまう。こういう外し方は彼一流のそれとは気付かぬ処世術だが、それは本当は恋人の前ではしていけないものと思う。好きならば愛を疑うなかれ。光希が素直に向かってくるのなら、恋愛感情をイーブンに保つものとしては信じて素直に受け入れなくてはならない。
 光希ちゃんも必死だ。かつて銀太を失いたくないと思った気持ちは、茗子を失いたくないと思った気持ちと同じ。だからそれはただの友情だって光希は主張し、この告白を受けてようやく遊は恋愛関係を確信でき、リアルキスの初体験を済ますのだが……そのキスがどこまで真実なのか、今の私には残念ながら判断が下せない。

26
 毎度毎度同じことばっかり書いて済まぬ。しかし書かせてくれ。亜梨実がいい!! 亜梨実が可愛い。亜梨実が愛しい。亜梨実の涙が……美しい。やっぱ、亜梨実と言えば歩道橋である。夕陽をバックに去りゆく遊の姿を目で追う、何かをじっとこらえるような複雑な表情。やがてその瞳にジンワリと涙がにじんでくる。ピュアな心の水滴が風に吹かれて、歩道橋の上を散る。ああ、なんて美しい光景なんだ。なんて切ないんだ。狂おしいほど遊のことが好きな彼女の女の素顔が、冷静さを装った作り笑顔の中に漂っている。涙を噛む時のやるせない気持ちが心の芯を突き抜けてゆくようだ。こうして亜梨実がふられることはドラマの必然だったのだろうか? 本当にこんな娘を泣かせて良かったのだろうか。今までありがとう、こんな気持ちを教えてくれて、感謝してるわ……。嘘だ! そんな割り切りができるほど、彼女はスレていないはずだ。命懸けで恋した彼への、最後の愛情表現としての必死の言葉が、懸命に未練を振り切ろうとしている彼女の心の内奥を尚、激しく物語る。路上で「最後におもいっきり抱き締めて」とせがんだ彼女は、どうにかなってしまいそうな自分を抑えるために最後の彼のぬ くもりを欲していたのだ。あきらめるために抱き締められる女の悲しさを思うと、気の弱い私は泣けてくる。こういう愛の終わり方が、亜梨実の炎のような恋に対比してどんなに辛いことなのかを、ついつい考えてしまう。このシーンは名作だ。キット。そしてママレードの重大なターニングポイントだ。「リアルキス」よりも亜梨実の失恋にこそ、大きな物語の流れを感じているのは、私だけであろうか? 一方、かくも重大な犠牲を払ってまで結び付いた光希と遊だが、完全ラブラブモードで自己陶酔状態に陥っていて、見ている者にとってはきっと面白くも何ともない光景が延々描かれる。その通り、つまらないと感じるのは、二人がくっついてしまったところでママレードのメインストーリーは停ってしまうからだ。当たり前といえば当たり前なんだが、少女マンガにせよトレンディドラマにせよ、それは愛が成就するまでのいろんな過程を楽しむように構成されるものだ。従って主人公のヒロインとヒーローが正式に愛を確かめあってしまったら、THE ENDのマークが画面に出なくてはならない。そこから先は物語の「死」だからだ。固定してしまった状況を楽しむゆとりは、もはやそこにはあり 得ない。しかるにママレードは何を思ってか中途にして、最有力候補の男女が互いに本命の心を射止めてしまう。はっきり言ってこれは掟破りだ。この先の発展進化するストーリーを一体どうやって組み立てるつもりなのか、老婆心ながら心配してしまった人も実際多いことと思う。まさか出来上がってしまったカップルをもう一度かんぷ無きまでにぶち壊すことが最終目標だなんてことは、「りぼん」連載の立場から有り得んとは思うものの、じゃあ一体どういうラストシーンを求めているのか? と問い掛けた時、やっぱり若干の不安にさいなまれてしまう。もしや吉住先生はとんでもない秘策を練っておられるのだろうか? 隠し技はまだあるのだろうか? いや、あらねばならないのだろうが……。
 光希は、自分の両親のことを顧みながら、どんなに愛していても時が経つにつれいずれは別れてしまう男女の関係について、思いを馳せている。それを考えると、いつか自分も違う人を好きになる可能性になんとなく思い至らざるを得ない。しかしそんな不安はその夜、大好きな彼を前にしてふっとんでしまう。きっとこの気持ちはずっと変わらない。遊のことが大好き……。はてさて、本当に真実を言い当てているのはどちらの言葉だろうか。少なくとも今の幸せ過ぎる自分に、生活に、一沫の不安を覚えるならば、それは次第に、そして確実に、幸福の絶頂にある二人の愛の底部へ潜り込んで内部からむしばんでゆくのに違いない。物語は終わっておらず、当然、ママレードの真意はまだはるか先にあるとしか思えぬのだから。ほらほら、言ってる間にとびっきりの美少女モデルが二人の前に現れたぞ……

27
 前回に続いて亜梨実が断然、輝いている。何か特別の思い入れがあるのだろうか。画面は執拗に亜梨実の姿を追っている。我々はこれまで、恋に苦しみながら果敢にアタックを繰り返す亜梨実の姿しか見てこなかった。熱烈な愛の為には手段を選ばぬ、ちょっと油断のならない女の子として、亜梨実のイメージは売られてきた。だがキモ試しの夜を境に、亜梨実が揺れ動くナイーブな心を持ったごく普通の女の子であることがおだやかに描かれはじめ、そして次第に彼女の本当の姿へと視点が移されていきつつある。だんだんと亜梨実の弱さ、はかなさが暴露されていって、純愛の涙が見えた時にはもう同情を禁じ得ぬ一番の輝ける女の子になっているのは、見事なまでの演出効果というか、スーパーマインドコントロールである。そして銀太の視点となり、この回でも亜梨実の寂しい心や、それをふっきろうと100メートルを駆け抜けるさわやかな姿態が拡大描写される。銀太の主観ショットというフィルタリングを通してであるがゆえに、その光景は亜梨実だけを中心に見据えた愛情あふれる、優しい柔らかさを漂わせている。彼の目には今、亜梨実が限りなく無邪気でいい女に見えているのだ。光希の 言葉を待つまでもなく、今の銀太は相当にいかれてしまっている。見とれるほどに彼の視点は亜梨実に集中している。ふと油断してると、どういうわけか左手が彼女の寂しげな肩に回って、そのまま優しく引き寄せそうになる……うん、間違いない。一体俺は何をしようとしているんだ……?? と自問しながらも、彼の手は勝手に亜梨実の肉体に接近し、そして確かに触れている。亜梨実はこれに、確かに反応して顔を上げている。間合い悪く六反田が乱入して、大声で銀太の行動を糾弾したりしなければ、間違いなく二人はいい雰囲気になったと思うが……まだ、その時には遠いということなのか。確かに、亜梨実が残す遊への想いは、伝わる限り尋常なものではない。これを乗り越えるには、色々なことを忘れるためのプライベートな時間がまだまだたくさん必要だ。そういうことなんだろう。 亜梨実の良さっていうのは、あの六反田の口からも語られる。自分は嫌われているわけではない。ただ、自分に変な期待を持たせないよう冷たくしてるんだってトコで、小学生の時から延々続く意外な恋の追っかけっこの遍歴が打ち明けられる。亜梨実の今までの冷たい態度、あれが本当に彼女らしい思いやりの ポーズなのだとしたら、六反田のことを実はちゃんと考えてくれていることになる。こうなってくると益々、亜梨実の愛情深いキャラクター性はポイントアップするわけだ。もはやママレードキャラ最大の「いい女」になってしまっているのは間違いあるまい。「何でそんなに可愛いんだ、亜梨実ぃ〜!!」という六反田の絶叫が、実に信憑性を帯びて我々の耳に伝わる。本当に、悔しいくらいいい女だ。こんな娘を、遊なんかのものにさせるのはやっぱり勿体ないわな、とさえ思えてきた。
 以上、まぁすっかり世の中亜梨実モードだが、整理しておくと、要するに銀太は光希のことをふっ切って(というよりもスッパリ割り切ってあきらめることで行き場の無い恋の悩みから解放され)新しい気持ちへと移りつつある。そして亜梨実は今でも悲しくて仕方がない自分と戦いながら、少しでも体を動かすことで失恋の痛手を癒し、回復を試みている。二人の犠牲を払って結ばれた光希と遊は、自分達だけグニャグニャにとろけまくって二人の世界に行っちまっている。シャボン玉アワー(古い)な背景でキスして、幸せいっぱい状態、あまり幸せ過ぎて怖いわ……などとぬかす始末に至っては、だれかこいつらを止めてくれ! 若しくはとっととご期待どおり地獄に叩き落としてくれるわぁ〜! という怒りの返答に尽きる。ほんでもって茗子は今でも未練タラタラに、先のことはどうだっていいからとにかく名村と離れたくなかった自分のことを、淡々と語っている。おっしゃるように恋は一生続くものではないにしても、とにかく今の気持ちが真実なのだとしたら、ママレードはまさしくこの瞬間瞬間が佳境だってことだ。

28
 さて問題です。蛍君は光希ちゃんのスカートの中を見てしまったでしょうか。■全然見えなかった。■白だった。■赤だった。■カッちゃんがいた。■当然クマ。■何か変なものが…。以上の中からご希望の番号を選んで、NIFTY:PXX06565迄。(嘘です)
 ま、あの角度だと微妙なところ。テニスウェアほど短くないから気にならないと光希は言ってるけど、テニスウェアほど短いスカートだったら大変なことになっていたでしょう。そういう女子アルバイターが脚立に乗って仕事をするシチュエーションを設定したこのアイスクリーム店のオーナーは、相当いやらしいおっさんだと思われる。けっこう申し訳程度にくっついてる腰のエプロンがやらしさをポイントアップさせてるし、この制服はアブナイと思うんだけどなぁ……いいけどさ。 今週も光希と遊が超ラブラブ勝手にして状態なんで、たまったもんではない。自分の股の間に光希を座らせて後ろから抱き付く(これを巷ではラッコと言うらしい。すずのみあ談)なんて、遊、てめーいやらしすぎるぞ! 何か、こっちまで恥ずかしくなってきちゃうじゃねーか。おまけにバックでパステル色のハートが飛ぶわ、お決まりのシャボン玉スプレーが蔓延するわで、相変わらず不健康な番組をやってくれるなーと、常識人の私はプルプル震えてしまった。こんな場面を亜梨実が目撃したら泡吹いてぶっ倒れちまうかもしれないぞ。あれだけベタベタくっつきまくってて親にはばれてないってんだから、ものご っつう不思議である。おまけに、不潔ついでに二人は今度こっそり婚前旅行に行くっていうじゃねーか。くのぉ〜、たとい親が許してもこの俺が許さん!(親も許すな。)光希、なに溶けてんだ、茗子が鳥肌立ててるぞ。どうもこうも行くとこまで行っちまってるエロガキどもに完全お手上げってかんじだが、こんなふやけたシーンを見るために今まで私はママレードを一生懸命見てきたのかと思うと、何かむしょうに腹が立ってくる。ちっとは亜梨実の悲恋を心にとどめたらどうなのだろう? ま、いずれにせよ幸せはこの番組では長くは続かない。二人っきりの旅行のために資金をひねり出そうという不純な動機から光希はアイスクリーム屋でアルバイトをおっぱじめるが、既にこの段階で光希のさもしい計画はぶち壊されるべく仕組まれているのだ。ほらほら、知らぬ間に遊の写真入りの大事なメダイユを落っことして、変な男に拾われている。もう、嫌になるほど脳天気でスキだらけの主人公に、万端処置無しって感じ。こんな奴はさっさとトラブルに巻き込まれちまうのがよろし、だな。
 光希のことはもう、いいや。問題は亜梨実だよ、亜梨実。銀太は見た!! 部活用のトレーナーをお店へ取りに行った帰り、喫茶店から亜梨実ちゃんと怪しげな男が出てくるところを。あれは確か亜梨実ファンクラブの村井とかいう奴では!? 銀太痛烈ショックモードで、必死になって彼女に恋人が出来て良かったと空笑いで主張しているが、内心はグモングモンと不可解なモヤが渦巻いている。彼がついこないだまで光希のことを本気で好きだったってこと、亜梨実さんは良く知っている。そんな立場で今、光希にふられた途端、亜梨実さんのことが気になりだしたなんて、言えるはずがない。言ったって真面目に受け取ってもらえるわけがない……相手にしてくれるはずが……くううう、銀太、はまってるぞ。だが、こうなってしまったら自分の気持ちを正直に言って誠意を伝えるしか無いんじゃないか。大丈夫、君の男気と誠実さは亜梨実だって十分知っている。そういう恋があったっていいんじゃないのか。誰かを好きになった直後に、別のある人を好きになってしまう男心のリアリズム、私は認めるぞ。行け! 銀太。ナンパヤローの村井から亜梨実を奪い取るんだ!! (熱い、熱いねぇ〜)

29
 ママレードには珍しく、なんだかこれといった事件もポイントも無くてダラダラッと終わってしまう話なので、毎度毎度衝撃的シチュエーションに慣らされている身としては、少々物足りない感じが残る。心の中がエアポケット状態。それは忍び寄る不安への反省なのだろうか。何かとんでもないことが起こる、嵐の前の静けさなのだろうか。主人公達はあいも変わらず来るべき二人っきりの九州旅行に向けて準備中で大の仲良し状態のようだが、何故だろう、この幸せの絶頂域にあって光希は不安感を拭い切れない。いや、それどころか幸せと思えば思うほど、それをいつか失うかもしれない不安感におびえている。恋を知った時から彼女は、背負わなくてもいい心配を負って悩みの渦中にのみ込まれている。まるで苦しむ為に二人は結ばれたかのようだ。現時点で遊はそんなことほとんど気にしてないんだけど。
 問題の発端は松浦遊君の、TVCM出演の件。これはどうも裏で、共演の佐久間すずが糸を引いているらしいんだが、そういうことはとりあえずどうだってよろし。とにかく遊君はCM撮影の為にバイトも休んでスタジオへ出掛けて行き、夜遅くまで帰って来ない。いきおい、光希と過ごす時間は減っていくわけで、会えない時が重なるにつれ、次第に精神的なすれ違いをきたしつつあるのが興味深い。主にその不具合の原因を作り出しているのが光希であるところも含めて、これしきのハプニングで変な雰囲気になるなんてのは恋人同士として失格だ。この辺り、お子様光希がちゃんと信じて待っていられるかどうかというのがキーポイントなのだが、どうやら彼女、待たされるのは凄く駄目なようである。愛をおあづけ食えば食うほど、いらぬ不安を抱き余計な想像を巡らして自分一人で怒ったり泣いたり拗ねたりし始める。この極端な反応の仕方を見ていると、彼女精神的にどこか欠陥があるのではないかとさえ思えるのだが、この年頃の少女ってみんなこれ程繊細でもろいものだろうか? 少なくとも光希の屈託のない元気さは、こうしたウジウジ湿っぽい女の悪いところから無縁なものと思っていた んだが、メンタルな面を見る限り彼女は子供そのもの。常に誰かに見守られ、愛してるよと言ってもらわなければ窒息してしまうような、恋に恋する乙女のレベルにすぎないようだ。無論この辺の、光希が不安がってる兆候には遊君も気付いているようで、サービスに公園へ連れて行ったりロボットにメッセージを残したりして、楽しいことだけに目を向けさせようと努力しているのだが、一度心配を始めると光希の場合不安もノンストップ状態。まるで自分がたった一人取り残された哀れな存在のような気がしてきて、暗く暗くおちこんだり、かと思うと周りをハラハラさせるほど異常な明るさでふっとんだり。う〜ん、間違いなく精神的危機だ。そしてそんな彼女の側にいつも居てやれない遊君も致命的だ。折しも交換したメダイユを失くしてしまったことが光希の心の底でしこりとなって良心を攻め立てているのだが、そんな苦労を背負い込むくらいならメダイユ交換なんかしなけりゃいいのに、という感じだ。心を縛る道具だとしたら、そんなもの本当の恋人同士の間には不必要なものではないか? 下手にこういう弱みを持っているから、変な男に付け入る隙を与えてしまうのだ。(玩具は売れないと困 るけどね)
 あと記しておかなければならないのは、三輪君が茗子ちゃんに小説を書くよう勧めたこと。身の回りのいろんなことを文字にしてまとめたらスッキリするよという助言は、今の茗子にピッタリ。やはり茗子の心が一番見えているのは三輪君だと思うんだがなぁ。茗子も、拒否姿勢は崩していないもののだんだん三輪の干渉を受け入れている様子が変化として読み取れる。この二人は、これはこれで仲の良いスタイルだと言えるのかもしれないな。お嬢様にはこのくらいくだけた男の人が似合うのだ。

30
 今まで光希があんなに遊のことを心配したのも、彼がCM録りの過程でどんなことをしているのかをひたかくしにしてきたことが一番の原因になっているのは間違いない。内容が内容なだけに、とてもスタジオで何をしたかなんてことは喋れなかったのはわかるが、どうせ彼のことだ、いきおいつっけんどんな態度で光希との間に距離を置いてしまったに相違ない。こうした行為が彼にとって一つのスタイル若しくは癖になってしまっているのは否めないが、恋人に対してまで突き放すような真似をしてしまうとしたら、一体誰になら心を開いて何もかも話すことが出来るのだろうか?と勘繰ってしまう。実際、今の彼には心から相談を持ち掛けられる人物が居ないのは確かだ。おそらく三輪と接触する時でも完全に腹を割って話すことはないだろう。まして光希の前では、恋人以前の頃から取り繕ってきた仮面が未だ脱げず、結局何を考えているのかわからない人物である点は、何等変わっていない。どうやらその辺の、他人に足を踏み入れさせない遊の心の障壁に光希は突き当たってしまい悩んでいるのだ。それは二人っきりの時にだけどんなに恋人っぽいポーズで付き合ったとしても、決して解消される ものではない。遊が本当に光希のことを信頼出来る相談相手として認めなくては、二人の間に余計なわだかまりや詮索が介入することは避けられないのだ。一般に、離れている時の光希の信頼感の弱さに目が行きがちだが、遊の方にもそれなりに問題点はあるはずと思う。
 しかし、ひたすら内容不詳のまま秘密扱いにされてきたスズちゃんとのTVCMもついに解禁!! そしてこれを見ればあれ程嫌がった遊の気持ちもなーるほどと納得。まさか、「宇宙版不思議の国のスズちゃん」に出演するお城の女王様役だったとは! しっとり落ち着いた背の高い大人の女性の横顔を見せる遊君、さすが受け顔ですね。少女マンガの主人公の男の子は大体中性的な魅力をたたえて売るものと相場が決まっているが、この鉄則に漏れず遊もカマだったのである。オーマイガッ!! あまりに似合い過ぎて笑えない家族、そして光希。銀太に至っては「おれあの女に惚れちゃってよ〜」と勢いでハートマークのお目目になってたりして、なかなかお茶目な奴である。遊君に「気持ち悪い…」とぶん殴られていたが、無理もない。無理もないが、彼としては納得いかんわな。こういう事態になると当然、銀×遊(もちろん、銀太は相手の女性が実は知り合いの男だってことに最後まで気付かない)の同人誌が出てきそうなもんだが、市場はどんな様子ですか? 三輪さんの時といい、男と怪しい関係を彷彿とさせる遊のキャラクター性は、なかなか女性諸氏にはおいしいと思います。(三輪君の方が むしろ「ゲイ能界」という感じはありますが)
 そして、ジャジャ〜ン、なんと遊のCM共謀者にして最近話題のトップアイドル佐久間すずちゃんは、何と三輪悟史さんの従兄妹だったのだ!! あっちょんぶりけ。しかも、なーんも知らん遊は三輪に言われるまま中二の女の子の家庭教師のアルバイトを引き受けてしまったから、大変である。「本人の御指名」という情報である程度疑ってかかるべきだったのだが、すずちゃんのこの絡め手はいつもながら見事という他はない。策略家としての才能は、亜梨実の舎弟という評価に十分。だーけーどー、セーラー服姿が可愛いから許しちゃおうかな いつもカメラを持ち歩いてて、気に入ったモノをパチパチ撮りまくるというふっとんだ性格や、美意識優先で遊の恋人は茗子さんと決め付けるコワイモノ知らずな大胆さ、世間知らずな危うさ、舌ったらずな甘えん坊っぽい印象、……色々な面をひっくるめてなかなかのロリータで私は満足してます。(いいのかね、こんなことで)

31
 すずちゃんの家庭教師にいそいそと出掛けて行っては夜遅く帰ってくる遊君の生活に、光希ちゃん不機嫌。なんだかつかみ所のない不思議な少女、すずちゃんは、スタイル良くって顔ちっちゃい超美少女。完璧な容姿の彼女と一緒にずーっと居たら、ひょっとして遊もフラフラっと虜になってしまうかもしれない……。そう考えたら、光希の胸の中で不安がざわめき始める。折しもアルバイト先にいきなり現れたすずちゃんに、光希はドッキリ、何気ない台詞「遊の恋人の光希さんに興味あるんです。」の真の意味をつかみ切れず、心の底で動揺がわき起こる。こんな子供みたいな子に一々反応している光希の態度が非常に情けないが、遊との結び付きが恋人としての固い信頼関係によるものじゃないことが結局、彼女の不安の根本的原因なのだ。形としてはちゃんとつきあってることになってても、いつも相手を信じていられるほど今の光希は大人じゃない。又、遊の方も「大好きだよ」と上っ面で声を掛けながら、どこかで予防線を張って、自分の全てを彼女に悟られないようにしている。だからそんな二人の心の隙間部分に一沫のつむじ風が舞い込んでも不思議は無いわけだ。光希が自信を失っているの は、彼女の容姿にかかわずらうことではない。(それもちょっとあるけど)光希と遊の結び付きが未だ家族的愛情の域から一歩も出ていないことが根本的な原因なのである。ヤキモチ焼きの光希ちゃんの妙に不機嫌な態度の中にこうした恋愛上の不安を感じ取った遊君は、「すずちゃんて妹みたいで可愛い」とフォローを入れる。一応こちらはこの言葉で安心を確保したかのように見えるが……さて一方の遊君、果たしてどこまで光希ちゃんの言葉を信じ切れるか? というのが、蛍の絡んだこの先の話の一大テーマだ。
 かねてよりバイト先でやけに意味ありげな態度を取り続けている土屋蛍という男の子のこと、いいかげん書かなくちゃならない。もともと根暗そうで、ぶっきらぼうで、何だか物憂げな表情が定番の彼については、どうもわからない部分が多かった。だが、ただのアイスクリーム売りの兄ちゃんじゃないことは、この話で判明するわけだ。ジャズハウスでいきなり飛び入りのライブ演奏を始める彼。いつものつっけんどんな彼が奏でているとはとても思えない、美しい優雅なピアノの調べ。じっくりと、聞く者の心に染み込むような、彼ならではの憂いを込めたパフォーマンス。もう、これだけで女の子はメロメロになってしまっても不思議じゃないだろう。我らがお子様光希ちゃんは、この意外な彼の特技にちょー感動して、しきりに興奮を交えながら色々な事を尋ねるのだが、なぜか蛍は自分のことをあまり語ろうとしない。それどころか「やめたんだよ! あんなモノ。さっきはあんたにいいとこ見せたくって、つい……」と、自暴自棄な台詞を投げ捨てるように吐きだす。うーん、こういう男の子って、普通の感情を備えた女の子にとっては保護本能が働いてとても気になるんじゃないだろうか。光希 がだんだん彼の謎めいた部分に踏み込もうとしている様がハッキリ伝わってくる。というか、彼の本質的な何かをつかみたがっているのだ。だから今回、入ったことも無い地下のライブハウスへ足を踏み入れるような冒険をしでかしたのだろう。それとは気付かないうちに蛍が光希にとって凄く気になる少年になっていることは間違いない。そして、彼女の興味にあふれた瞳は益々、静かに燃える蛍の恋心に火を注ぐことになる。ほら、油断してる間に彼の両腕はしっかと光希の体を抱いて、しかもこれを偶然車の中から目撃しているのは、あのこまっしゃくれた要注意少女、佐久間すずちゃんだ……。一番見られたくない相手に見られたって感じなんだけど、大丈夫なんだろうか。ただでは済まないよなぁ。

32
 おおおおお、前回の光希と蛍の熱い抱擁シーンを見て以来、すずの攻撃が俄然きつくなっている。もう光希の顔を見た途端、目の敵にしてにらみつける。その一方で、遊君には今まで以上にベッタリくっついて独占状態。この娘、年少でここまでやるとは思わなんだ。可愛い顔して、やることはかなり大胆過激そうなんで先が思いやられる。特に光希の乱されようといったら、既にどっちがお子様だかわからないありさま。遊君の態度いかんでは結構さい先わからない雰囲気なんだが、お子様すずちゃんに果たして勝利の見込みはあるのか? 請うご期待といったところだろう。
 時は桐稜の学園祭。模擬店が立ち並びコンサートが開かれ、生徒の両親やOBが大挙して押しかける開かれた雰囲気はとてもきょうびの高校の学園祭風景とは思えないにぎやかな盛り上がりを見せるのだが、こういう点も含め、ほんと桐稜っていい学校だと思う。中・高・大とエスカレーター式の名門らしいし、何と言っても幾分アメリカナイズされた校舎の雰囲気やカフェテリア、電話ボックス等々のアイテムが、女の子のあこがれ的イメージを彷彿させる。もちろん、制服もなかなかおしゃれでいい。この辺は多分、少女マンガ的理想を追求した結果だと思うんだけど、日本にも実際一校くらいこういう学校があったっていいよな。私だってやっぱり桐稜に通ってみたい(日本の学校に適応性無いし)。ママレードの良さっていうのは、日本の学生社会にありがちな泥臭さを一掃して、完全にアメリカンハイスクール路線でデザインされている点なのだ。こういう環境設定でなければ、光希のうわついた恋物語をかくも盛り上げることは出来なかっただろう。若干、作られたにせもの的雰囲気の中で、オープンな生徒同士の関係を追求していった時、はじめてこの場に描かれるような恋模様は可能なものと なる。全てがあこがれに過ぎぬとわかっていても、いや、それを承知すればこそ、理想的恋愛学園ママレードの生徒になる楽しみが湧く。この世に無いものならば、物語の中だけでも自由を謳歌する権利が、日本の学生諸氏と既に卒業してしまった大人達にはあると思うのだ。桐稜の教師だったら、名村君でなくともなりたい人が多分目白押しに違いない。
 そゆわけで、まるで大学の学際みたいなノリの中、三輪悟史率いるバンドがコンサートを開くことに……。が、肝心な時にキーボードが鉄板で大火傷をしてしまい楽器が弾けない状態になってしまって、バンドメンバー全員困り果てる。そう、このシチュエーションは言うまでも無く、名ピアニスト蛍君に御登場いただく為のお膳立てであります。無論、ひねくれ坊主の蛍君は、そうそう簡単にキーボードの代役を引き受けてくれるわけがないのですが、そこで飛び出すのは光希ちゃんの鶴の一声、「蛍君なら弾ける!」コールでありんす。もう今更強調するまでも無いことですが蛍は、光希という女の子にぞっこん惚れ込んでしまっている。大好きな女の子がここまで自分を頼ってきたら、ノーマルな男はとても嫌とは言えんでしょう。そういう彼の内心を知ってか知らずか、プッシュしまくる光希の強引さはもはや犯罪的ごり押しと思うんだけど、おかげで名キーボードプレーヤーのスーパーアドリブテクニックが聞けたんだから、終わり良ければそれでよしとするか。うむ。蛍君の戸惑いようが面白かった。
 だが、最後の最後に待っていたのは、衆目の集まる中でのすずちゃんのキッス攻撃!! 遊に花束を渡す場面でひょいっとひっ込めて、つられた相手の唇を素早く奪うあの、マンガみたいな超テクニック、中学生とはとても思えない大胆さと頭脳プレーがあざやかにきまってる。さてさて一体どこでこんな芸当を覚えてきたんだろうね。若い娘ってあなどれないわ。光希ちゃん呆然のショットがけっこう印象に残りましたよね。完全なまでの宣戦布告であります。

33
 光希に、亜梨実さんとうまくいってることを意地悪に追及されて、完熟トマト状態になってしまう銀太の純情がなかなかポイント高い。思うに、彼と彼女がああいう恋の結末を迎えても今、全然そうした過去を引きずらずに屈託なく付き合える一番の友人同士でいられることは、不思議でもありかつとっても素敵なことだ。私だったら何か、感情的なしこりを残してしまうことだろう。してみると銀太の性格の良さってのは折り紙付きだな、と思うわけ。何等未練がましいところを残さずにスッパリ吹っ切れて、光希の一番の異性の友人という地位についた銀太の男らしい割り切りのいい性格にはほれぼれすると同時に、大好きだった人をふってしまっても友達として付き合える、光希のこだわりの無い明るさも救いである。いや待てよ、女って生き物は、ふってしまっても友達としての関係を維持していきたいと思う利益誘導型の動物なのだろうか。そうすると銀太少年という、女にとって都合のいい存在について、ものすごく気になってしまうところなんだけど……。
 ま、いずれにせよ今の彼は新しく好きになった素敵な彼女、亜梨実さんととてもうまくいっているらしいんで、それはそれで彼にとってすっごく良かったんじゃないかと思えるのだ。亜梨実の一途な性格と、銀太の一本気な性格があっているかどうかについては言及したくないが、少なくともフラフラしまくった光希の動向に惑わされ振り回されて、オロオロイライラしている哀れな銀太の顔をこれ以上見ていられなかったので、ほっとしている。曖昧な形でいつまでも光希にキープ君にされている状態がこれ以上続けば本気で嫌になるところだったからだ。加えて前回の欄で書けなかったことなんだが、学園祭で見せた亜梨実の屈託のないとてもいい笑顔が、それを引き出してくれたのが全て銀太の力なのだとしたら、今はこの二人の関係がいい方向へ進展することを心から祈りたい気持ちだ。終わってしまった恋にこだわり、失恋の痛手に苦しみ続ける亜梨実のことを今、本気でかばってくれるのは、銀太だけだからだ。そうした意味で誤解からとはいえ、チャラチャラした親衛隊の村井をぶっ飛ばしたのは結果的に良かったと言う他はなかろう。あの時、亜梨実は初めて自分を悲しみから守ってくれよう とする騎士に出会い、そのことにいたく感激していた。今までたくさんの男の子に囲まれてチヤホヤされ楽しそうに遊んでいたけれど、心の中ではずっと独りぼっちだった。そんな憂いを秘めた寂しい女の子の気持ちを真剣に埋めてくれようとするあったかい男の子の登場は、たぶんゆるやかに亜梨実の心を癒し、その笑顔を取り戻させたのだ。ポーズとしての笑顔ではなく、本音で腹の底から込み上げる喜びをダイレクトに表した笑顔は、彼女にとって本当に久し振りのものだったのではないだろうか。亜梨実のこんな可愛い笑い顔を今まで見たことが無かったし、それが銀太マジックなのだとしたら、それも一つの救われる道かもしれないと腹をくくったしだいだ。
 ま、銀太と亜梨実の件はこのままうまくいくのだろうが、困るのは、彼と彼女をはじき飛ばしてまで強引にくっついてしまった主人公たちがその後、つまらないことで動揺しまくっている点なのだ。すずも蛍も、亜梨実や銀太といったかつてのライバルに比べれば断然弱っちいという他は無い。どちらもてんで子供だし、本気で遊や光希の心の底の弱い部分に食い込んでいくとはとても考えられない。過去の絆を断ち切ってまで今の気持ちの中に生きようとした主人公達が、どうして大したかかわりも無い新しいメンバーに攪乱されるのか、その辺が今一つ納得ゆかないのだ。今回でも、バイト先で蛍が光希を抱き締めているのを偶然見掛けてしまった遊が、驚いて踵を返しスタスタと立ち去る場面が描かれていたが、以前の彼だったら銀太と光希がこういう事態になっていても余裕で切り替えしたハズである。まして光希が一方的に抱きすくめられているのは一見にして明らかだというのに、一体彼は何に対しそれ程の衝撃を受けたのか。この辺の詳しいかき込みを怠ると、つじつまが合わせられなくなってしまうと思うのだがなぁ。

34
 わからない、わからない。何故あんなに遊がショックを受けたのか、わからない。あの反応の仕方は過剰だ。どうして彼ともあろう人が、たかが誤解とわかっていてあんなに心を乱すのか、も一つ理解に苦しむ。光希がバイトをしていて、その先で蛍という男にちょっかいを出されているのは、承知しているはずだ。だったら蛍が光希のことを一方的に抱き締めているシーンを目撃したところで、直接ビシッと彼らしい警告を発するべきだ。遊にはその権利があるし、ハッキリしかられた方が光希もこれ以上ふらつかずに済むことだろう。蛍も、彼女が自分の身近にいるような錯覚を捨てることが出来ただろう。今、精神的に一番近い距離にあるのは紛れもなく恋人同士になった光希と遊なのだから、もっと深く付き合ってコンセンサスを高めるべきだ。ただベタベタと体をひっつけてキスしているだけが能ではあるまい。他人としての距離を次第に埋めてピッタリと寄り添えるまで努力してこそ、対外的に付き合っていると言えるわけだし、若しそういう気持ちが持てないのだとしたら恋人を語る資格は無い。形ではなくて心の距離で愛情を推し量るものだとしたら、今の主人公カップルは恋人同士とはとて も言えないだろう。互いに相手のことを疑ってしまっている。致命的なまでに疑心暗鬼にとらわれてしまっている。こんな状態が長く続けば、二人の心の距離は付き合う以前よりもはるかに遠ざかる一方だ。相手を縛らなければ気が済まない気持ちが悪しき方向で疑念を生んでいる。不幸なことだ。
 遊はいったい、自分が潔癖でありさえすれば彼女が信じて待っててくれると思い込んでいるのだろうか。しかしそんな見込みは甘いと言う他はない。特に光希のような子供がどこまでも信じてくれるというような思い込みは、とんでもない見込み違いってやつだ。ただ潔癖でありさえすればいいというものではない。そのことを彼女にちゃんと説明して納得安心させなければ、恋人としての義務を果たしているとは言えないのだ。ショックを受けた時の相変わらずの素っ気ない態度は、彼女の不信感を余計につのらせているし、こんな場面でハッキリ文句を言うことすら出来ないのだとしたら、男としても相当情けない。黙って胸の内におさめるならばともかく、冷たい態度に出してしまうのは彼の最も悪い部分がもろに表れていると言うべきだろう。後で気を取り直して軽口をたたいてみせても、それは疑念を解消しないままの、偽りの愛情表現であるにすぎない。それでは根本的に何も解決していないのだ。
 一方光希は光希で、年下の男の子を拒み切れないのが彼女らしい優柔不断さというか、弱いところである。蛍の話を聞いて、優秀なピアニストとしての生活がいかに厳しいものでありプレッシャーのかかるものであるか、あるいは私生活がどんどん孤立化している様を知らされ、思わず涙ぐんでしまっている。こういう話に彼女はホント脆いのだ。結局、同情以外のなにものでもないのだが、まるで自分のことのように受け止めるストレートさが光希の良いところでもあり悪いところでもある。一方、知らず知らずのうちに彼女のそうした部分を攻めているのが蛍という存在のあなどれぬ面。結構女心のツボを押さえたアタックになっているんじゃないかと思う。
 確かに彼も、相手が光希でなければそうしたプライベートなことは決して話さなかったことだろう。とすると光希という女の子には、何か人の心の壁を取り除くような、安心出来る魅力が備わっているのかもしれない。だから遊も、彼女に強く惹かれたのではなかったか。しかし今、その光希特有のある種の包容力が無関係な年下の男の子を迷わせ、本来の彼氏を遠ざけていることは間違いない事実。これはすずが何かをたくらむ以前から生じていた問題だ。結局この事件は、光希が優しさの範囲をきちんとコントロール出来るようになる為にはどうしても越えておかなくちゃならないハードルだし、同情と愛の相違を認識できるいい機会でもある。遊さえしっかりしていれば、問題は生じないと思われるのだが。

35
 か〜、遊と光希の大喧嘩が強力なんで、さすがにビビリます。何でこんなにこじれるような事態に……と思うけど、今までお互いちゃんと思っていることを話し合わずにうやむやにして、あるいは自分の引け目に感じるところを故意に隠そうとしてきたツケが、一気に回ってきたということなのでしょう。こうなるととてもベストカップルなんて言ってる状態じゃない。夫婦喧嘩犬も食わず、というやつなら良いのだけど、取り敢えずお互い腹の内は全部さらけ出して怒鳴ったんだから、後は結果を待つべきだね。言うだけ言ってもまだ恋しいのだとしたら腹をくくって付き合うしかないし、それっきり相手のことが気にならなくなったのだとしたら、それだけの二人だったってことだ。まぁ、ありていに言えば二人の恋愛度が試されているシチュエーションなので、あまりとやかく干渉するつもりはない。
 遊君の気持ちを見てみよう。彼の心に怒りの火を付けたのは当然、蛍がメダイユを持っていたってことだ。彼としてはまさか相手がそんな大事なものを持っているとは思ってもみなかったから虚を突かれているし、まして光希が捨ててくれと言ってたよ、なんて台詞は恋愛関係にあると信ずる彼のプライドを著しく傷つけたハズだ。言ってることが本当か嘘かなんてことは問題ではない。二人だけのプライベートな事柄、つまりメダイユの交換の件に踏み込まれて、一番嫌な奴に土足で愛情関係を踏みにじられたことが遊にとっては相当ショックだったはずなのだ。そして光希が、メダイユをなくしたことを自分に隠していたのも、気に入らないことの一つだったろう。二人の恋人としての信頼の象徴としてメダイユ交換という儀式が有る限り、その象徴破壊に等しい中心的アイテムの喪失はあってはならないこと、まして秘匿することは重大な裏切り行為だ、と遊は感じたのだろう。たかが物をなくしたくらいで人間同士の求心力が失われてしまうのは不可解かもしれないが、つかみ所のない人の心というのはこうした「モノ」とのかかわりにおいて象徴化され、現実的認識を得るものなのだ。遊にとって、 光希がメダイユをなくして黙っていたことは単にモノの問題ではなく、お互いの信頼関係にまつわる重大な裏切り行為に見えてしまったのである。(もともと信頼しあっていたかどうかは、疑問があるが)
 んでもって光希ちゃん。どう言っていいのか、う〜ん、メダイユをなくして遊に怒られると思い込んでしまった気持ちはそれなりに分かるのだけど、果たして彼が本気で光希のことをしかると思ったのだろうか。きちんと謝れば「一緒に探そう」ってことくらいは言ってくれたはずじゃなかったか。そこまで彼のことを信頼できなかったのだとしたら、いきおい恋愛関係を疑っているということになり、彼女にもそこそこの非があると思う。まして今、遊&すずの関係に疑いをさしはさんで不安を覚えている状況では、疑いが前面に出ているのは否定するべくもなく、多分その気持ちが知らず知らずのうちに態度に出ていたのではないか。何か隠し事をしようと思うこと、自分をごまかそうとすること、疑問をうやむやにしようとすることが、総じて遊との精神的・物理的距離をおくことにつながった経緯は、重ねて描かれてきたことだ。しかし遊のような性格の人間は距離を置けば置くほど見えなくなってくるし、むこうも壁を積み上げるはず。せっかく「リアルキス」の浜辺で彼の本心を聞いて心のすぐ側まで行けたのに、恋人関係成立の形式行為に安心しきっているうち、知らず知らず又遠ざかってしま っていたことはとても惜しい。弱みも悩みもさらけ出して話してほしいと、かつて茗子に要求したのは光希自身ではなかったか。恋人にそれが実行できないのだとしたら、一体誰に対してそうすることが出来ると言えるのだろう。彼女にとって遊は今やただの友達以上に遠い存在になってしまっているが、それは傷つきたくない自分を守る為にしでかした臆病な自己保身が必然的にもたらした災いだ。自分よりも相手の心を大切にしようとするのは非常に難しいことかもしれない。でも、それができなくては、恋人を語る資格はやはり無いものと思う。
 まぁ、なるようにしかならないので結末を待ちましょう。

36
 冒頭、例の喧嘩の話から入るのでのっけからえらく暗いが、まぁこの辺は我慢のしどころ。一人で九州旅行へ行ってしまう遊だけど、門を出てしばらく光希の眠る部屋を見上げている。この辺はなかなか救いどころのある描写だ。彼女を置いて出発しようとする彼も、やはり二人の約束に対する未練はあるのだ。本当は一緒に行きたい。だけど夕べあんな大声で「誰がお前なんか連れていくか!」と怒鳴った手前、プライドの塊のような彼がそうそう簡単に懐柔するわけにはいかない。かくして予想通り一人で出発する遊。その気配に気付いた光希はパジャマのまま慌てて家の外へ飛び出すが、大好きな人の名前を呼んでも、もう、朝靄のかなたに消えている。この辺りの時間的タイミングの取り方がなかなか秀逸なので、じっくり味わって欲しい。
 そして光希は絶望にうちひしがられながらアイスクリーム屋のバイトへ出掛けるのだが、早速火付け役の一人、すずちゃんが様子見にお店へやってくる。遊の旅行の件を問い掛けられて光希ちゃんタジタジだが、それでも最大の問題児、極悪の蛍が現れたらもう、すずなんかにかまってるわけにはいかない。お邪魔虫と化したすずが後退りしながら自動ドアをくぐって、そのままカニ歩きでフレームアウトするのが可愛くっていい すわ〜て蛍君、当然のことながら、夕べカマした遊へのでまかせの件は責任を取っていただきましょう。光希は毅然とした態度で(その割りには、「遊、守って…」とか弱気なことを頭の中で考えているが)「メダイユを返して!」と迫る。蛍は黙ってほうり投げる。その手に自分の大切なアイテムを受け止める光希。何故か光るメダイユ!! (顔に影が入るほど)後光がさすメダイユを見つめながら、「遊とはもう駄目かもしれない!」と、うずくまって泣き出してしまうのが結構かわいそう。蛍はこれを見て一瞬たじろいだものの、素早く開き直り、反撃に出た。この程度のことで壊れる信頼関係なら、俺が何もしなくてもどうせ駄目になったさ。あんな奴より俺を選べよ!  という台詞がスッ飛び出す。う〜む、かんぷ無きまでの正論である。関係ぶち壊しの当事者が言うのも何だが、まさしくみんなが思っていたことそのまんまの暴露であり、この論点からすると負うべき責任は光希も同じなのである。好きな人を信頼できなかったこと、それが喧嘩の原因なのだとしたら、それは自らが引き起こしたあやまちでもある。ちょっとやそっと外からつつかれたくらいで壊れるものならば、なんらかの弾みでどのみちいつか自壊したであろうことは十分に想像できる。ま、それでもわざとちょっかいを出した蛍の責任がロハになるわけじゃないんだけどね。(やっぱり蛍は悪いやっちゃ、ということです。)
 かくして蛍君必死の切り返し責任棚上げラブコールも問答無用で突き飛ばし、夕陽の街へ泣きながら飛び出す光希。その姿を偶然喫茶店で亜梨実と目撃した銀太は、次の瞬間光希の腕をつかんで引き止めている。この素早さ! 亜梨実の立場はいったいどーなるんだと思ったが、この件はこの段階では不問らしい。まぁそーだ。まだ銀太と亜梨実は正式につきあってるわけじゃないんだから。しかしまぁ、いずれにせよこれだけは覚えておいて欲しいよ。光希が恋に迷って泣く時、必ずいつも一番側にいて訳を聞いてくれるのは銀太なんだってこと。この世の中で、光希の涙を一番心配してくれるのは銀太だっていう事実を、しっかと心に刻み付けておきたい。今は二人が友達としての関係をお互い自認しているが、その「友達」とは、ある意味で恋人を越えた精神的つながりを持つものだということは決して忘れてはならないのだ。 それから最後にどうしても書いておかなくちゃならないのは、あの徹底的にしぶとかった茗子がついに、三輪の愛に陥落したこと!! それは同時的に、彼女の心をまとめる為に書かれていた小説の完成の時でもある。自ら思い切ったように唇を合わせに行く茗子の大胆な行動 にはドッキリで、何かをふっきったような決然たる意思が籠っている。これはこれでオソロシイ女だと私は思ったんですが、事実、三輪君も相当驚いていたようで。果たして女スパイ亮子は今なにやっとんじゃい!? てとこですが、名村とのテレホンラブコールに夢中で監視どころではなかったよう。

37
 やっぱり遊のこと信じなきゃ。信じられずにすずちゃんのこと疑ったり、メダイユなくしたこと黙ってたのがいけなかったんだって光希ちゃん気付いて、遊の九州帰りを待ち伏せ、その姿をとらえた瞬間カンパツ入れずに謝り倒して相手の反撃の隙を与えぬままメダイユを差し出した怒濤の高等テクニック。万事これで一件落着、全て水に流して二人の世界が回り始める……と思った途端、突如かぶさる「遊君!?」の台詞。とぎれちゃうMOMENT。停止する幸せの時間。……これは先週末に起こった突然の結末だ。なんか幸せの絶頂にいられたのってほんと、数十秒位だったんじゃないかって思えるが、これはこれで何ともママレードな状況で嬉しいやら呆れるやら。あれ程、恋人の事を信じなきゃ、信じようって言い切ってた矢先に、絶対信じきれないような状況を作り出す強力なライバルをぶっつけるところが、グレートです。
 北原杏樹……アンは、すずとは比較にならない破壊力を携えている。なにせ遊との過去を持っているのだ。光希の知らない、二人だけの過去。それはわずか8ケ月の共同生活で対抗できるものなのかどうか、今の所全然わからない。あるいは昔、二人の間にあんなことやこんな体験(!)があったかもしれない。(新井くんの同人誌参照)こーなってくると、すずちゃんのちょっかい以上に我々は盛り上がらない訳には行かない。しかも単なる憎まれ役ではなさそうな性格なところが益々興奮をかきたてる。やってくれるゼ、ママレード!! 遊も遊だよな。ま、駅の階段上では信じて待つと告白してくれた光希の言葉を信頼しきっているのだろうけど、もともと疑り深くて妄想癖のある彼女の性向をちゃんと理解しているとは思えない。むしろこの場では、まるで恋人のことなんか目にはいっちゃいないって感じだ。喧嘩してたことすら忘れてんじゃないだろうか。そこまで行ってしまうほど遊が杏樹の存在を過剰に意識している事実を、光希と同じく二人の過去を知らない我々は変に思わざるを得ない。あれだけ慎重派で光希のことを心から大切に思っていたはずの遊くんが、何故にここまで杏樹という幼馴 染みに傾倒するのか。他人に全く心を開かなかったはずの彼が、どうしてアンの時にはあれ程くだけて話ができるのか。何故独特の精神的な壁を作らずに済むのか。(光希の時でさえ、場合によっては壁を作っていた彼が……)
 思うにママレードのキャラクターそれぞれには、常に2種類の恋愛が用意されているんじゃないか。二分法はあまり好きではないが、整理しておくと楽なので取り敢えず書いてみる。一つは「一緒に居て自然な関係」。そしてもう一つは、「好きで好きでどうしようもない衝動的な恋」である。今回の遊とアンの関係は前者に当たる。一方、光希の時には、彼は衝動的にキスまで行ってしまうくらい後者の状態だった訳だ。そしておそるべきことに、一般にママレードのストーリー作りの中でどちらが優先されるかということは、現時点では全くわからないのである。同じ問題は今回、茗子と三輪の件でも描かれる。茗子は昨晩のキスを通じてやっと「私が自然でいられる時間」を見つけたとモノローグしているが、そんな彼女を、三輪とのデート中わきめもふらずに駆け出させたもの。それは、別の熱い感情だ。名村の姿をジャンクジャングルで見た、という友人の不確かな情報にすらはじかれ動いてしまう、女の性だ。目の前に生身の男、三輪が居て、行くな! と言った。しかし茗子は踏み止どまることが出来なかった。どうしようもないくらい先生のことが好きな気持ちが、やっとつかみかけた幸せを 振り切ってまで、彼女を走らせる。走って走って、走り疲れて、学校の図書館までたどり着いて、私って何やってるんだろうと、自問する。それは理性でもって答えが出るはずのない、本能に根差す衝動だろう。頭でいくら考え立ってわからないことだ。そしてそういう愛の在り方も、一つのママレードな風景なのである。
 明智の三日天下よりなお酷い、三輪くんの野望達成の期間の短さに、どちらかというと理性派の私は深い同情を感じるけれどね。

38
 名村先生、凄まじ過ぎる。いくら強情な茗子を振り切る為だからといって、亮子先生とつきあってる、はないだろう。しれっとした顔しながら、どこからそんな過激な台詞が出てくるのかわからん。ひょっとしてものすごく性格悪いんじゃんないだろうか、この男。その場さえしのげれば何を言ったっていいのか? 名村!!
 一つ問題なのは名村が、まがりなりにも亮子の気持ちに気付いているということ。そりゃあれだけ熱烈に追っかけされてれば気付かない方がどうかしてるし、ちゃんとジャンクジャングルの木島先輩が、「いいかげん気づいてやれよ、亮子の気持ちに……」と忠告するシーンもあった訳だ。してみると名村は、わかってて亮子の気持ちに応えないようにしているのは自明だ。何が障壁かといって、やはり茗子への愛が今でも彼の内部でフツフツとくすぶっていることが一番のネックなのだろうが、それならそうと正直に告白すれば済むことなのであって、まさか自分のことを好きな女の肩を抱いて(抱いてないか?)この人と付き合ってるんだ、なんてはったりをかますのは、どちらの女性に対してもものすごく失礼なことではありませんか。あんな扱いを受けて、よく亮子が怒りださないもんだと感心してしまった。やはり利用されているとわかっていても、惚れた女の弱みというやつなのだろうか。例え嘘でも、付き合ってる、と言ってくれたことが嬉しかったのだろうか。しかしその代償が茗子の恐ろしい沈黙の目線攻撃というのは、ちーっと気の毒だ。敵対心むき出しのあんな目で睨まれる亮子さん、 まったく身に覚えのないことなのに、かわいそう過ぎやしないこと?
 今回はポイントとなる部分が多い。次は遊と杏樹さんの関係に嫉妬する光希ちゃんのこと。そもそも遊にとって杏樹という存在は、小学生の時に刷り込みが入ってるんで抗しがたい気持ちは分かるが、あれ程何気ない顔して頻繁に杏樹と会いに行く態度はあまりに光希への配慮を欠いている。自分の彼女の誘いを振り切ってまで他の女に会いに行くには、「御免、後で埋め合わせするから」的台詞で済むものではなかろう。まぁ多少引け目があるから自分にとって杏樹がどういう女の子であるかを光希に話して聞かせたのであろうが、その話を聞いてますます光希の不安は増大するばかり。当たり前だ、杏樹という屈託がなくて元気な明るい女の子に惚れた小六の遊君とは、そのまんま光希に惚れた遊君である訳だから。彼は一番つらい時に自分を救ってくれた仲良しの女の子の面影を今でも追っている。その笑顔が光希に投影されているのは紛れもない事実だ。だから、インプリントされた感傷のオリジナルが現れたことは、ものすごく危険なことなのだ。光希に対する愛情の根源がぐらついても不思議ではないはずだが、遊君自身そのことに気付いているのだろうか? 当の杏樹自身、今でも遊のことが好 き、なんて言い出すし、本当に手に負えない状況だと思う。
 ああ、残りスペースが足りないけど、最後に亜梨実ちゃんと銀太の件。「ずっと一人だったの」「一人じゃないよ」……亜梨実の手を取り、ジェットメモを渡す。「スキダヨ」というメッセージが二人の心を繋ぐ。とってもおめでたい場面。孤独だった亜梨実の気持ちを埋めてくれる最高に優しい男の子の出現を祝いたい。少なくとも、今の銀太の気持ちに偽りはなくて、彼は光希にふられて以後ずっと亜梨実を見つめてきたのだから、この想いがソロソロ報われてもいいものと思う。背中で泣いている六反田が結構かわいそうなのだが、急速に銀太へ傾いていった亜梨実の気持ちはどうすることも出来ない。恋は本能に対し常に条理的で、理性に対してはいつもあまりに不条理なものだ。過ごした時間ではなくて、求める気持ちの深さでしかない。亜梨実が銀太の一途な思い込みに喜びを感じているならば、それも一興、二人の結び付きに熱いエールを送りたい。ただし、恋愛乱世における光希の存在を度外視すれば、という条件付きではあるが……。

39
 亜梨実と銀太が互いの気持ちを確認しあってくっついてしまったことは、たいへんめでたいことではあるが、それで黙っているはずがない六反田。榊学園の校門前で亜梨実が出てくるのを待っていた銀太を見つけ、果敢に食いついてゆく。ふられ男のからみ癖と言うと何だか非常に情けない気がするが、気持ちは十分わかる。小学生の時から亜梨実一筋だった彼が、別の女にふられてすぐ乗り換えた男に彼女をとられ、やりきれない苛立ちを覚えているのはもっともな話だろう。亜梨実も亜梨実で、ふられてすぐ別の男に乗り換えるなんて所詮その程度の女だったのだ、ほんと俺は馬鹿だった……というのも全く異論なし。報われない恋に入れ込んだ六反田がそれこそ大馬鹿だった訳で、そうやって悪びれて見せるのも亜梨実を好きな気持ちの裏返しなのだ。でも、こうあからさまに言われちゃ、銀太も黙っていられるはずが無いわな。愛する亜梨実の悪口を言われ、激昂した彼はついに六反田と決着をつけに裏山へ。男同士の話はやはり拳で語るのが正道なのだろうか。
 「レッツ、ダチ公」(古い)流に行くと、「タイマンはったらダチじゃぁ〜!」というところだろう。とにかくこぶしをあわせれば、互いの動物としての力関係はハッキリするのである。クロスカウンターで倒れた二人は力の均等を悟り、交戦することの無意味さを知って、今度はお互いの顔を笑いとばし合う。力関係が互角ならば、どちらがエモノを手にしても恨みっこ無しだ。肩を組んで「俺は亜梨実が好きだー!」と叫びあう男子逹がとても微笑ましい。六反田は、それが銀太だったから譲ったのだ。彼はようやく銀太という存在の力を素直に認める気になったということだ。こういうパワーバランスというのは女の亜梨実には本質的にわからないかもしれないが、一歩引いて涙を流しながら二人の男性を見つめるシチュエーションは、古風な少年マンガを見ているようで、いい。なんだかあったかいものがこみあげてくる。泣け、六反田、思い切り!
 一方、杏樹と遊の件は未だくすぶりっぱなし。難しい心臓手術の決断が迫っている焦りからか、杏樹の攻撃がしきりに大胆になってゆく。なまじっかいい子であるだけに、光希から見た自分の行動の図々しさに嫌悪感を抱いたりするが、そういう苦しみを背負ってでも遊に告白したいことが彼女の内にはあった。「好き」という気持ちを伝えないまま、このままただの幼馴染みという関係に甘んじている気になれなかった。遊と光希の関係を頭では認めているつもりでも、なお、心のどこかで何かを期待している自分を抑えられない。だから彼女の口をついて、二番目でいい、光希さんの次でいい、という言葉が飛び出すのだろう。これは、矛盾する彼女の気持ちギリギリの選択であった。もう一歩踏み出してしまえばお互いの人間関係が破綻してしまう寸手のところで、杏樹は自分なりの位置を見出だしている。二番目でいいということは、三番目じゃ嫌だってことだ。光希さんの次ならば納得するが、他の誰かの次だったら黙っていられない、という主張が言葉の裏に決然と込められていると感じた。だから、杏樹は真の意味で手強いライバルなのだ。
 しかし茗子にはそういう特殊な事情におかれた女の、押さえる気持ちというものがピンとこなかったらしい。これは二人の人間性に由来しているものと思うが、茗子はそれ程強い女ではないし、こと恋に関しては盲目なタイプだ。本当に好きなら、二番目でいいなんて言えるはずがない。懐かしさが好きという気持ちに取り違えられているんじゃないか、という意見を残しているが、これは彼女にしては珍しく認識が甘いのである。光希はそれで納得したかもしれないが、紛れもなく杏樹は本気だ。私は何故茗子と杏樹を合わせないのか少しく疑問を抱いたが、二人はひょっとしたら内面的にかみ合う部分が無いような気がしてきた。茗子は外見が大人に見えて恋する内面はとても子供だし、杏樹は可愛い優しい女に見えて、その実強い意志とバランス感覚を備えた大人だ。これでは勝負は付かないだろうし、恋に対する生き方も根本的に違うものと思って間違いないだろう。そして我らが光希ちゃんは、果たしてどちらのタイプにより近いのだろうか? というのも、これから考えてみなくちゃいけないテーマだろうね。

40
 杏樹には時間が無かったのだ。病気は思ったよりも進行が早く、日に日に彼女の肉体をむしばんでいる。あとどれだけ命が保証されているのかわからない、不安、そして焦り。50%の確率の手術を受けてもし、失敗したら、もう永久に遊とは会えなくなってしまう。生きている限り、遊に会いたい、話がしたい、愛してると伝えたい……そんな少女のはかなくも切ない必死の気持ちが、ぐんぐん迫り来る。だから多少、嫌な娘と思われても、限られた時間の中でどうにかして遊に会おう、遊との接触を持とうとする彼女に、一体誰が非難を加えられるだろうか。そこには薄幸の美少女に対する同情しかあり得ない。せめて彼女が元気でいられる間、遊との幸せな時間を与えてあげたい、というのは、誰もが共通に抱く思いだろう。まぁ、まだ手術が失敗すると決まった訳ではないけど、50%という数字の重みは、絶望に限りなく近似なシチュエーションだということ。
 そして光希も遊も、そういう追い詰められた状態の杏樹の気持ちにまだ気付いていない。どうして、光希さんの次でいいから、とまで決心して遊との絆を深めたがるのかがよく理解出来ていない。だから二人とも杏樹の言葉に返事を窮してしまう。あの遊でさえ、どうして応えていいのか分からなかったと言って、情けなさに憤っていた。けだし、どういうふうに応えたところで、杏樹にとっては慰めでしかない。せめて今、彼女のおだやかな思い出の日々を一緒に過ごしてあげることしかどのみち出来ないだろうし、それ以上の最善の方法も存在しない。あるいは病気の回復を願うか……。うん、その為には、杏樹の容体急変はどうしても必要なのだ。彼女が自分から病のことを話せるタイプでない限り、なんらかの外的要因が必要なのだ。クリスマスの夜、すずちゃんとの電話中にいきなり飛び込んできたショックな急報は、それまでどちらかというと及び腰だった遊君をようやく立ち上がらせた。たくさんの思い出を抱える彼女の為に、そうして、一番つらい時に精神的救いをくれた少女の為に、今、遊は夜の街を駆けてゆかねばならない。初恋の呪縛を解く為には、何らかの「返し」は必要なのである 。
 杏樹が倒れたという話を聞いて遊はスッ飛び出して行き、光希はリザードで待ちぼうけをくう。そんな彼女へたたみかけるように迫り来るのは、蛍君の熱烈な愛を込めた美しいピアノの旋律だ。最高のテクニックとありったけの純愛をこめた光希へのクリスマスプレゼント……光希の中で女が揺れても仕方がないんじゃないかと、私は思う。彼女があれ程の目にあいながら蛍を突き放すことが出来ないのは、やはりどこかで魅かれるところが有るからだろう。困ったフリをしてても、ゆったりとピアノを聞いている時の彼女はとても落ち着いている。そういう安らぎの仕方は、たぶん遊君では与えられぬものなのだ。それだけの内在する才能を、蛍は秘めている。蛍の人間的レベルの素晴らしさを、光希はクラシックの旋律の中に感じ取っているものと思う。それは一つ、恋人とか愛情とかいうものを超え出た次元での、芸術的触れ合いなのかもしれない。
 しかしそれが芸術に昇華させられるとしても、蛍にとってピアノを弾き始める根本的な動機はやはり、大好きな女の子に聞かせてあげたいという気持ちに始まる。光希は否定しているけど、蛍のピアノに対するコンプレックスや屈折した気持ちを解きほぐしているのは、やはり光希の存在以外に考えられないのだ。彼女が喜んでくれればこそ、蛍はピアノを弾きたいと思う。そして一旦弾き始めれば、彼の内部に眠っている芸術家としての才能が目を覚まし、光希の肉体をすり抜けて聴衆の全意識の中へ広がってゆく。こうしたイメージ的所作が、意外によく描かれている点は素晴らしい。蛍は弾くことで魂を回復しているのだ。光希の心をつかめるということより、彼がピアニストとしての本当の目覚めを引き起こすことが出来るかどうかというのが、この場での焦点だ。真実の蛍は、アイスクリーム屋ではなくてリザードの中に、居る。

41
 綺麗にまとまっている。あれだけ恋模様が混戦してドロドロとしていたというのに、クリスマス・イヴのロマンチックな灯りが、みんなの心を安らぎに静めてしまったようだ。色々な恋人達の時間が描かれるが、どれも愛情に満ちあふれた優しい言葉で埋め尽くされている。これは一つの、ママレードな人間関係についての結論だ。この状態で決まるならば、非常に安定的で誰にも納得のいく結果と割り切れようものだが、そのような全体的理想でかたまれぬところが、ママレードの踏み出してしまった恋愛リアリズムの辛さだろうか。せめてこの一夜だけは、それぞれの愛の深みの中でゆったりとまどろんで欲しい。安らぎが真実ならば。
 今回、光希の毅然とした態度が見事だった。完全に年上の女になりきっていた。弱音をはく蛍をしかり飛ばし、自分でしっかりするように元気づけて去って行く。「あたしがいなくても大丈夫、蛍君なら出来るよ。又聞かせてよね、蛍君のピアノ。」……完璧である。これで蛍の心の中には、最高のあこがれの女性の姿が克明に焼き付けられること請け合いだ。あのお子様の口からこんな立派な台詞が出てくるとは思いもよらなかったし、適格すぎるほど出来上がった蛍君への心理分析は、まるで何かが憑依しているのではないかと疑わせるものが。光希はきっと、蛍君についてずっと考え続けてきたのだ。遊の恋人である立場の自分が、年下の男の子に何と言って答えるべきかどうか、ずっと考え続けてきたと思うのだ。あらかじめ用意されていた言葉をつらつらとひねり出す絶対的優勢の光希と、何故かこの場ではすっかり弱気な男の子に成り下がってしまった蛍君。勝負の結果は見えていたと言うべきか。
 一方、杏樹の担ぎ込まれた病院の集中治療室の前で、絶叫して崩れ落ちる遊君。まさか命が危ないような状態だったとはつゆぞ知らなかったわけだから、両親に事情を打ち明けられて大変なショックを受けている。ギリギリのところまで追い詰められていた彼女に何もしてやれなかった自分のふがいなさを呪い、元気になって欲しい一心で呼び掛ける。しっかりするんだ、アン、ガキの時俺がお前に助けられた分を、これからは俺が返していくんだから……。極限状態の中でしぼり出された遊の本心としてのその言葉の意味は計り知れない。光希はこれを聞いて、彼に声をかける力を失う。彼女には踏み込めない、幼馴染みの二人だけの領域がそこにあったからだ。初恋を通じた心のつながりが、初めて本人の言葉を通じて語られた。その場の中へ、いったい今の彼女である光希が、どうやって踏み込むことが出来るだろうか。「頑張れ! なにがなんでも生きるんだ、アン!!」……そうして、杏樹の心臓は遊の励ましの声を聞いたかのように生気を取り戻す。どこかものすごく深い部分で、二人はつながっている。背景で、クリスマスプレゼントが駄目になっちゃうかもしれないと、泣き出す光希の女心が切 ない。
 リザード。お店はもう、はねている。そこへ、遊に一方的に電話を切られてしまったすずちゃんがやってくる。独りぼっちの彼女を迎えるのは、最愛の光希に立ち去られたばかりの、傷心の蛍君だ。ちょっとすずちゃんにはまだこのお店は早いかもしれないが、クリスマスで独りぼっちな寂しさを味わう者同士、気持ちの通じ合いはある。憎まれ口をたたいても、すずの為にピアノを弾いてくれる蛍君はとても優しい。そろそろ見えてきてもいいんじゃないのかな。ピアノを弾く理由は、なにも光希にかかわらなくたっていいことが。相手はそう、寂しがり屋なすずちゃんでも良いわけだ。「あたしの為に弾いてくれるの?」というすずの新鮮な驚きの言葉は、彼女が今まであまり他人から愛情を注がれたことがないことを想像させる。あの自分本位な行動を見ていればそれも少々うなずけることだろう。だったら今、蛍君の優しさを受け入れることがすずちゃんのこれからの人生にとってどれだけプラスになるか、考えたら計り知れないではないか。彼女は彼女を大人扱いして認めてくれる男性を探すべきなのだ。二人はきっと、その気になりさえすればうまく行くに違いない……。

42
 新春恋模様とはよく言ったもので、この一年間の恋愛上のゴタゴタ騒ぎの総決算といった感じ。一応一通りの決着がついていて、それぞれ定着したカップリングスタイルになっているところが微笑ましい。お正月ならではの賑やかさと、何かこう区切りを感じさせる安心感とが入り交じって、ほのぼのとあったかい雰囲気が漂っている。こういうシーンがあるから、ママレードは救われているのだ。ドロドロと不健康な男女の愛のもつれを描きながら、一方ですかーっとそれを突き抜けるギャグスタイルでいなすことで、これはこれでとてもバランスのいい作品に仕上がっている。実際それぞれの心中には今でも様々なこだわりが有るのかもしれないが、本画面を見る限りみんな楽しそうで、たいへん微笑ましい。完全にお邪魔虫と化したすずちゃんでさえ、可愛らしく感じられてしまうのは私だけだろうか。
 考えてみれば、すずちゃんっていいキャラクターだね。あんなにすんごい美少女なのに、トップモデルなのに、クリスマスもお正月も独りぼっちだってところが好感もてる。年上のお兄ちゃんに一生懸命くっついて行こうとしても、結局子供扱いされて相手にしてもらえず、だだっ子みたいにすねるところが可愛らしいのだ。今や光希はすずちゃんに対して何等危険性を感じてないし、適当に遊んであげる余裕すら感じられる。ちょっと前まで、遊をとられるんじゃないかと心配して嫉妬しまくっていた彼女からは考えられないほどの進化で、それなりに光希も大人になったかな、という気がした。当然この場に足りないのは蛍君ということになるんだが、彼は当然今でも光希に横恋慕している筈なので、和気あいあいのこの場には相応しくないということなのだろう。いつか、すずちゃんの相手をしてあげられる優しい男になったら、そう、来年のお正月にでもいいから、是非とも仲間に加わっていただきたいと思う次第。
 茗子、三輪カップルも、なかなか面白い組み合わせだ。一度は心を開いた茗子と、愛を確認した三輪。それが脆くも名村の幻影によって打ち壊されてしまった……にもかかわらず、二人がふりだしに戻ったのは辛抱強く待ち続ける三輪さんの努力があったればこそ。やはり名村のことが忘れられない酷い女であることを茗子が自覚的に語っても、三輪はそういう彼女そのものを受け入れようとしている。この男気は素晴らしい。彼は本気で茗子のことが好きなのだ。寂しそうな姿を見ていると、ちょっかいを出さずにはいられないのだ。大好きな女の子を笑わせる為にはあらゆる作為的・詐欺的行為も辞さないキャラクター性がとてもいい。誠実という言葉とは無縁のようだが、どう見ても今のところ彼が一番の純愛を貫いているのは間違いない。そういう意味でも最も応援してあげたい人のなのだが、三輪君がちょっかいを出して茗子がそれをかわし続けるパターンは、どうやらこの先も不変であるらしい。このスタイル自体が定着してしまって、みんなにほほ笑みをもって見送られているのが印象的である。
 さて、それでは六反田いってみようか。はっきり言って、弥生ちゃんは可愛過ぎる! 六反田には勿体ない! 別れ際に握手までしちゃうところが性格の良さを彷彿させていて、こんなにいい子を六反田なんかにあてがっていいのか!? という思いがよぎる。このお正月の最大のトピックはやはり、弥生ちゃんの登場なのだ。まだ、どんな性格の女の子とも分からぬが、少なくともレギュラー化するに相応しい美少女キャラであり、こういう安心感あふれる新しい血をママレードは今こそ欲しているのだ。六反田との関係の進展はともかく、今後の弥生ちゃんの活躍を心から期待したいと思う。
 さてさて、遊にはニューヨーク留学の話が持ち上がり、同時的に杏樹のアメリカ行きが報告される。国際化するママレードな恋の行方に、今年も変わらぬ注目をしてゆきたい。杏樹が持ち直して本当に良かったと、心をなで下ろしたい気分だ。

43
 お正月の次はスキー旅行と、イベントには事欠かないママレード。カップルでこなす行事は一通りそろっているところがサービス精神旺盛。されど、遊の京都一人旅の計画も、光希のふたりっきりの旅行の野望も、すずちゃんの仕組んだ妨害工作の前にあえなくふっとび、初詣でのメンバー総出のグループ旅行と相成ったわけです。ま、学生らしくっていいんじゃないの? スキーはある程度大勢で行った方が楽しいし安全だからね。こうやって楽しめるのも若いうちだけなんだし……。
 そゆわけでオマケの六反田君までなぜかついてきてのハチャメチャスキー旅行編なのですが、結構意外に皆さん滑れるところがポイントですね。スポーツ万能の遊がウエーデルンでバリバリ降りてくるのはいつものお約束として、現役体育会系の銀太がそれといい勝負なのはよしとして、三輪・茗子ちゃん組がちゃんと一緒に滑れているのは意外であった。マラソン大会をうとんじていたお嬢様がよくこなしてるなぁーと思ったわけなんだが、考えてみればこの二人はどちらも家が金持ち。当然、スキー場近辺に別荘とか持ってても変じゃないわけで、きっと小さい頃からリゾートで鍛えられているのだろう。だがそれにしてもすずちゃんが真っ直ぐ降りてくるのも危ういのはどうしたわけか? わざと下手なフリして遊君の注意を引いているという意見もあるが、きゃしゃで筋力のかけらも無さそうなすずちゃんのことだ、周りの人が滑っていても自分は一人で雪だるま作ってるタイプのように思えた。寂しがり屋で甘えん坊で舌ったらずな子供なところが最大の売りなので、それも又よし。「すず子供じゃない!」とか言ってすねてる感じが手におえない激・子供なんだな。
 美少女のほまれ高いすずちゃんのいじらしい思いには同情する分多々あるが、光希をだまくらかして難関コース行きのゴンドラに乗せたのは、ちょっとしゃれにならないイタズラであった。彼女としては、ほんのしばらく光希さんが自分や遊の周りから離れてくれれば、という些細な気持ちだったのであろうが、スキーは結構一人きりになってしまうと危ないスポーツなのだ。特に天候が急変してしまえば、足元は見えなくなってしまうし、急なコブ斜面は光希程度のボーゲン滑走でクリアするのは厳しい。ゴンドラ使用は滑走距離も長くなるので、初心者が一人で乗るものではない。そうした常識がすずにはほとんどわかっていなかったと思うんだが、光希がもうちょっとスキー慣れしてたらそれで問題無かったんだろうね……運動部なんだからしっかりしておくれよ。
 こういう時、だんぜんアテになるのは遊君でした。体はって歩いてでも雪山を登って行こうとした彼の勇気は凄い。光希のことを心から大切に思っていることが、焦った行動からしっかり伝わってくる。そつなく近所のペンションからスノーモービルを拝借してくる三輪さん(多分無断でしょう)の機転にも脱帽で、この男達ナカナカ出来る奴等。逆に、いざという時意外と役に立てないのが頭脳プレーや小回りの効かない銀太君なのですわ。まぁ今回はいいでしょう。遭難したのが亜梨実さんじゃなかったんだから。(彼にもし亜梨実だったとしたら、彼は頭に血が上って這ってでも雪山に突進して行ったかもしれん。)
 今まで散々レジスタンス活動を続け、遊と光希の仲を引き裂くべく悪事の限りを尽くしてきたすずも、ついに今回の事件を通じて、素直に主人公カップルの強い信頼関係(?)に納得することになる。すずにしてみれば、それはほのかな初恋への別れだったのだろうか。だけど世の中に光希のようないい人が居ることを学んだだけでも、彼女にとって敗北の経験の価値は高かったと思う。本当のところ、お似合いのカップルというのは容姿の釣り合いや並んだ印象で判断出来るのではなく、内面的な心の結び付きで計られるべきものということを、すずはようやく学んだのにちがいない。さてさてそれでは、すずちゃんにとって「お似合いの」人とは、一体誰なんでしょうかね。(俺)

44
 スキー旅行での光希さん遭難の件。あれだけのことをやらかしたすずちゃんに、屈託のない小石川さんは、「もう気にしないで、すずちゃんのお陰で新記録更新しちゃった!」と優しい言葉をかけてくれた。そのことがすずには暖かい思い出になっているようで、遊に渡された写真の中でも、光希にフォローしてもらっている場面を特に選んで壁に張っている。お気に入りのものでお部屋を埋めたい、という彼女の願望どうりに行くと、彼女にとって光希は「お気に入りの人」ということになろうか。けれど今回のすずの感激の理由は、光希の人柄に対するものであり、モノではなくて心に打たれたということだ。そして人の優しさに触れた思い出が、すずには暖かい気持ちとして今でも残っているのだ。彼女は今まで綺麗なモノ可愛いモノを一生懸命集めたり写真に撮ったりしてきたが、壁に張られたスキーの写真に込められているのは、「思い出」である。あったかい人の心を自分の宝物として認識出来るようになったすずは、今までよりちょっとだけ大人になったのかもしれない。
 というわけでママレードな人達もちょっとずつ成長してゆく。年齢的にも肉体的にも年は重ねていくもの。となると高校三年生に向けて、そろそろ進路のことなども考えてゆかねばならない。一年後の進路を考えるということは、漠然とではあれ将来の自分についてのビジョンを抱くことでもある。果たして自分はどういう職業に就くのだろうか? という素朴な疑問の中で、光希はたくさんの夢を思い描く。入好さとる氏入魂の光希ちゃん勝手に妄想シーンは、とてもかわいらしくて必見。遊のお嫁さん、なんてのも飛び出して、プリティーだったらありゃしない。本当に、どんな夢を描くのも自由な十代ならではの夢と希望にあふれた連続シーンは、光希ちゃんのお子様度大爆発のコミカルショットで何度見ても飽きないです。こういうのってママレで一番いいよね。
 ま、こういう想像っていうのは「十年後のママレード」というテーマにも通じますね。果たしてその頃誰と誰がくっついているのかというのも、考えるだけで楽しめるゲームだ。銀太は、インターハイ選手の今を追求すれば将来、ウインブルドンでプレーしているかもしれない。彼ならば苔の一念でやりかねない。遊は、建築家志望が板に付いている。あれだけの建物オタクならば、きっと夢を実現させることだろう。蛍君は又ピアノを始めた。厳しいトレーニングも将来光希の前に対等に立てる立派な自分になる為のトレーニングと心掛けて、頑張っているようだ。既に天才プレーヤーとして誉れ高い彼は、間違いなく世界的水準のピアニストになることだろう。すずちゃんは、モデルの仕事から欲を出して、歌ったりお芝居をしたりする道へ進みそうだ。茗子は小説が認められて、大作家になりそうな予感アリアリである。そうなると光希ちゃん、君は果たしてどういう目標を持つのでしょう?? 誰しもが明確な目的意識を持ちつつある中で、光希だけがまだ子供っぽいうわついた夢の中でフワフワしている。いつまでも「遊のお嫁さんになりたい」では、いけないんじゃないだろうか。一生彼について 行くという決断もいいかもしれないが、それならば遊のことをもっと知り、彼の目指す仕事の内容も理解することが必要だろう。建築家という仕事に対する漠然としたイメージもままならない今の光希には、そうした職種への理解や連れ添う者の覚悟など問うてもほとんど無意味かもしれないが、これから十分な助けや支えを彼に与えてゆく為には、相応の努力だけは必要な筈。ただのサラリーマンの妻には考えられない障害や苦しみも待っていることだろう。今の光希には本当に遊の内助の功となるだけの素養があるのだろうか? この点、まだまだ先の話とタカをくくってはいけない。遊の留学の話が徐々に忍び寄っているのは、この機に光希の心の確かさを計る為のある種の試練とも考えられるのだから……。

45
 「茗子は今、なっちゃんに会いたいんだ。誰よりも会いたいのは、なっちゃんなんだ。」
 涙を流してすがる友達を支えながら、光希は決心を固める。もう一度だけ茗子を名村先生に会わせよう。あさひ文学賞の祝賀パーティー会場、華やかな喧騒と報道のフラッシュのさ中、茗子は祝電の内に名村先生のメッセージを聞きつけ、凍り付く。この時、彼女の中で押さえ込んでいたネジが抜け落ちた。お祝いの席は一転、彼女の悲恋の舞台となり、いたたまれずに茗子はロビーへ駆け出す。光希が後を追い、彼女を賢明に気遣うのだが、ショックに青ざめた友達の涙は止まらない。「前から思ってたの、あたし広島へ行く……」茗子の愛はまだ終わってはいなかったのだ。小説の中で、年上の男の人との恋に破れた少女は、新しい恋に生きたかもしれない。しかし茗子の名村に対する恋心はまだ激しくくすぶっている。一度は終わらせようとこころみたが、彼女の内部に眠る本能の激流が名村への追憶と思慕を無限にかきたてていたのだ。彼女にとって愛の決着はまだついていない。亮子先生と付き合っていると語った彼に、まだ何か言わなくてはならぬことがある。理屈ではなくて、とにかく会わなくてはいられないのだ。このままでは全ての愛を失って崩れてしまうに違いない。
 茗子を支える光希と、これを遠目に見守る遊。そしてその中間で柱にもたれて、ぼうっとしている三輪青年をとらえているロングショットが、とても印象に残る。いつだってこのキャラクター達はこういう位置付けなのだ。同性の光希と茗子が親友として、互いに相談相手になり支えあっている。そういう姿をつかず離れず遊は、ちょっと遠くから見ている。優しいまなざしだ。そして三輪さんは……いつも茗子に手が届きそうなところまで近寄りながら、あと一歩がどうしても及ばない。彼の力では傷だらけの茗子の心を癒すことは出来ないのだ。三輪では残念ながらその為の決定的な何かが足りない。例えどんなに彼が彼女のことを心の底から愛していても、だ。こんなに辛い恋ってありだろうか。こんなにもどかしい恋って、あっていいものなのだろうか。少女の心の中には今でもたった一人の男の人の面影しかない。どんなに打ち消そうとしても、忘れ去ろうとしても、決して消えることのない深層の傷。それは愛ならではの、彼女にかされた原罪である。運命の前に、三輪の純愛はかくも無力であり、彼には未だ最愛の人を側で慰める資格すら与えられないのだ。悲しい。
 それにしてもあの、茗子の凍て付いた表情はただごとではない。私は初めてこの話を見た時、彼女の書いた『熱帯魚』が完全私小説であって、名村が読めば主人公の女性が茗子自身の投影であることに簡単に気付くような内容だったのだと想像していた。従って、物語の最後に主人公が別の男性と新しい恋に生きるシチュエーションが書き加えられていることを名村に知られてしまったことが、彼女をこんなにも動揺させているのではないかと思えたのだ。茗子が広島へ行ってもう一度ちゃんと名村先生と話をしたい、と言うのも、そういう結末に書かれた新しい恋を弁明したいが為なのではないかと……。実はこの後、名村と宮島で会った茗子が、小説の中の高杉という年上の男性のモデルは先生なんだけど、自分がモデルとは思わなかったでしょ? と話す場面があるので前述のような想像は完全に否定されるわけだが、あの憔悴しきった茗子の表情の中に、本意ならざる自分の決心を悟られてしまったショックというものがこめられていたら、更に深みが出て凄いことになったんじゃないかと思えて残念だ。名村が茗子の心境の変化を確信して、ややもすれば安心感からあの電報を打ったという設定も含 めて、ちょっと考えてみたい状況設定であろうかと思う。

46
 「だって先生が好きなの。どうしようもないの、好きなの……」
茗子が泣く。大好きな人の背に向かって、自らの愛を訴え続ける。人の恋は理屈でないことを思い知らせるシーンだ。いたいけな少女の決死の思いを何故わかってやれないのだ、名村。なぜにかくもかたくなな拒否姿勢をつらぬくのか。どうして彼女が側に居たいと泣き叫んでも駄目なのか。もはや私には名村慎一の心の中が見えない。彼の頑固な理屈が、まるでわからない。多分、彼にもわからなくなりつつあるのだろう。両の手が茗子の肩を抱きすくめる寸前まで来ている。しかし、この男は踏み止どまるのだ。なぜかはわからない。とにかく二人は離れて別々に暮らすのがお互いの為なんだ、の一点張りだ。これが返答なのか。これがあんたの男としての決着のつけ方なのか!
 名村理論によれば、茗子は最愛の人のことを忘れて普通に進学し、自分の夢を見つけて幸せに暮らすのが正しいということだ。彼が気にしているのは多分、茗子が桐稜をやめてしまおうとしていることなのだろう。名村と暮らす為に広島へ出て行けば、彼女の高校生活はピリオドを打つ。自動的に進学できる大学生活も、もちろろん夢と消える。そして望まれるべきその先の人生も。どうも彼の中には、桐稜にかける過大な愛校心が存在するように思えるが、どうしてそこまで自分の学校にこだわるのかがわからない。広島出身の彼が何故桐稜の卒業生なのかも疑問だ。とにかく彼の今までの人生にとって、桐稜こそが全てだったのだ。桐稜を通じての学生生活と成長の体験が教師へ志す道をかきたて、夢を燃やさせた。自分にとって、恋愛経験以上に大切であった学園での生活を思えばこそ、茗子をそこから引き離したくないと考えているのだろう。しかし名村よ、それは自分の価値観を他人に押しつける欺瞞に満ちた行為だ。恋する気持ちの何たるかを知らぬ、頭でっかちな未熟者の考えだ。どうして茗子にとっての桐稜が名村と共にしかあり得ないことをわかってやれぬのか。ここまで彼女を追い詰めた のは、学校を一方的にやめてしまった名村自身であることが、何故わからぬのだろう。茗子にとって、先生が全人生であり、17才の少女の全人格的所在を決定してきたのだ。そういう彼女をこれまで育ててきたのがまさしく、自分であることに一体どうして気付かぬのだろう。全人生をかけた恋に、同じく全人生をもって応えられぬのは不失敬であり、見ていると苛立ちがこみあげる。これが大人なのだろうか。これが責任ある常識人の態度なのだろうか。茗子を対等な大人として認めず、可能性の名の元に未発達な子供として決め付けるのだとしたら、そんな子供と、かつて恋人として付き合った彼は一体何者だったのか? 今更一方的に良識人たらんとしても、もう遅い。茗子は広島のこの地で名村に見放されたら、きっともう生きて行かれないのだから。そうだろう?? 
 好きという気持ちが理屈で制御出来るものだとしたら、人間は多分もっと楽になれるだろう。しかし理性は、生きている人間の心に完全な足枷をはめることが出来ない。わがままであろうと、エゴイズムであろうと、人を好きになることは一切のモラルと常識を突き抜ける。そうであらねば、人が生きる意味を理性の外に求められぬからだ。開かれた心の為に、夢を生きる為に、我々は本能的衝動の部分を精神の一部に携えている。全ては、根源的な欲求を満たした後にゆっくり修繕すれば構わぬのではないか。どうして名村は、茗子の愛に応えぬのだろう。どうして、茗子の未来を自分の手で作ってやろうとせぬのだろう。それは果たして彼が本当に茗子のことを愛しているのかどうか、という疑問にまでつきいたる。妄想によって組み立てられた良き大人としてのプライドをかなぐり捨てねば、名村に正義は無い。今こそ、裸体な動物としての名村を見せて欲しいと、私は心から願う。
 亮子先生も三輪君も新幹線で広島へ向かい、いよいよ恋人争奪戦もクライマックスだ。どうか実りある結果を残してほしい。

47
 どうしてそうききわけがないんだ、君は。僕がどんな思いで君に嘘をついたか。君に突き進みそうになる思いを、どんな気持ちで押さえ、断ち切ろうとしってきたか。全ては君の為なんだぞ。君の幸せを思うから、なのに、どうして………………押さえ切れなくさせるんだ!!
 これで決まりである。これ以外に何も語ることなんかありはしない。この台詞こそが名村の心の中の真実である。名村は今でも茗子を強烈に愛していた。ずっと茗子の求愛を拒否してきたのも、流されそうになる自分への必死の抵抗だったのだ。それが全てである。もっと早く名村が本音をさらけ出してくれたら、これ程傷つくことは無かったであろう。そもそも誰の傷のことを言うのかって? この場にいる全員だ。そしてここにいる連中はみんな、名村も、茗子も、三輪も、亮子も、光希も、大馬鹿者だったと思う。今まで何も見えていなかったと言う他あるまい。
 光希は、茗子に連れ添って広島までやってきた。そして心の底のどこかで、二人を再会させさえすればうまく行くかもしれないと期待していた。だが、そんな単純な話ではないのだ。二人が会うセッティングをしただけで、凝り固まった心を開かせることなど出来っこない。茗子が再度傷つくことは必至だった。もっと他に方法は無かったのだろうか。もっとお互い傷つかずに済む最良の方法が……。光希は、そうして友達の為に何かをなし得たのだろうか。少しでも茗子の心に立ち入ることが出来たのだろうか。「友達として」最善は尽くしても、光希の出来たことはそれだけだった。ホテルの部屋の前でうずくまっている無力な彼女の姿が印象的だ。
 亮子先生。ようやく茗子の為に「してあげられること」に気付き、最後の最後で、自分と名村が本当は付き合っていないことをぶちまける。しかし、あまりにも遅い。ここまでたどり着くまでに、どんなに茗子も亮子自身も傷ついたであろう。亮子は言う。名村のことが好きだから、理解しようと努力してきたのだ、と。好きな人の主張を守る為に考えを合わせ、演技を続けてきたのだと。そこには、このまま茗子があきらめてくれれば名村が自分に振り向いてくれるかもしれないという、淡い期待があったかもしれない。茗子を見守り、彼女の状態を報告することで名村とのつながりを結んでいられた自分に喜びがあったかもしれない。しかし、それもこれも結局のところ亮子の愛の苦しみを深めただけだ。もっと早く名村のしていることが間違いだと気付いていたら、他に取るべき道はあったのではないか。たとえ幸せにはなれなくとも。
 三輪悟史。怒りにまかせて名村を殴りまくっていたが、そうやって自分の本音をストレートに出したのはこれが始めてであろう。「うわべじゃない、飾りを全部取ったお前の本当の気持ちを言ってみろ!」という叫びは、いつも冗談めかして相手をからかうことでしか自分を表現することの出来ない、彼自身へ向けられるべき言葉でもある。君だって、本音で最初からぶつかっていれば、茗子のくすぶる愛に勝てたかもしれない。だが、全ては手遅れだったのだ。広島くんだりまで来て、恋敵をかばおうとした最愛の女を自らの手で殴ってしまう、あまりにもピエロな三輪の立場を振り返ると、涙が出てくる。
 名村。結局、弱さを露呈してしまうならば、はじめっから突っ張らなければいいのだ。自分に茗子を幸せにする自身が無いならば、はっきりそう言うべきだった。彼女の将来を思えばこそ身を引くのだ、などと取り繕ったわかりにくい態度で押し通そうとするから、話がまだるっこしくなる。そんな理由付けが茗子も他の誰かをも納得させられるわけがないことにどうしてもっと早く気付かなかったのだろう。大馬鹿者の最右翼と呼ぶに相応しい、腰抜けの臆病者ぶりに、私まで深い憤りを感じてしまった。全ては彼の意固地なプライドが元凶なのだ。手遅れになる寸前にプライドをかなぐり捨てて衝動に走ったのがせめてもの救いだったが、ここまでに至る長い道のりを思うと、気が遠くなる。もう二度と、茗子を抱き締めたその手を放さないで欲しい。例えプライドにかかわろうとも。
 そして茗子。愛をつらぬいた茗子。CONGRATULATION!

48
 バレンタイン恋模様。何か甘栗が食べたくなるようなラブラブ・シチュエーションに、うんざりしてしまう肥後ずいき。(意味不明)
 特に主人公の二人! 茗子ちゃん事件でちょい遅れたけど、深夜まで待った甲斐があって「最高のチョコだよ」と言ってもらえたのが嬉しくって仕方がない光希ちゃん。「ちょっと手伝ってもらった」って……あの様子ではほとんど茗子ちゃんの仕上げと言っても過言ではないのでは……と思うのだけど、その辺はまぁ先週までの活躍に免じて許してあげるとするか。しかし例によって異常な迄に嫉妬深い性格はなんとかならねーのか、と思う。このままでは自滅しかねないんじゃないか。年上の女子大性にまでもてまくって、にへらにへらしている遊君も問題だが。(本当にちゃんと彼女がいるって断ってんのか? 「好きな子がいる」という言い方は、相手にちょい期待をもたせるような態度に見えて仕方がないぞ!)光希も、「ある程度女の子に人気があるのもやむを得ないわね、けれども駄目よ、遊はあたしにゾッコンなんだから、アッハッハー!!」てなくらいの開き直りだか自身だかが、ちと欲しいと思う。一々嫉妬するのは、本気の本気であなどれない恋のライバルが現れてからで十分だ。まだ、アメリカでは杏樹がてぐすね引いて、墓場からよみがえったゾンビのごとく遊の貞操を狙っているん だゾ。嫉妬に狂うエネルギーはアンの逆襲の日まで取っておいても損は無いんだがなぁ。
 それと、しばらく深刻なゴタゴタが続いたんでこれまであまり書けなかったんだが、銀太と亜梨実カップルもなんだかんだうまくいってるのが微笑ましい。案の定銀太は亜梨実のペースに振り回されながら尻に敷かれまくっている雰囲気だが、このままごと的な駆け引きが可愛いのだ。亜梨実は色々とすねたり怒ったりして銀太を困らせるけど、慌てふためいて彼がフォローを入れると途端に砕けて、甘えたいい女になってしまう。この辺の身代わりぶりが凄くいい。久川さんの好演技もあいまって、ママレード中珠玉の愛らしさを誇るのだ。ファーストキスで負けても回数で勝ったからよしとする潔さも、亜梨実ならでは。怒るだけ怒り、泣くだけ泣いたら、しっかり相手に甘えられる素直な女心が最高の魅力になっているのだ。けれでも、どこか寂しがり屋さんな部分が強いのはどうしても隠しきれない。亜梨実と言えば歩道橋。夕陽を見つめながら、寒さにこごえながら、彼女は何をじっと考えていたのだろうか。早く見つけてくれないから……と言って泣いた彼女の心の裏に深い何かを見たような気がするが、それは恐ろしくて書けない。でもこれだけは……亜梨実ちゃんは、いつも追っかけられるこ とを望む女の子だ。どこまでも追ってきてくれる男の子の熱烈な愛でもって呼吸している。だから、あんなにいつも輝いていられるんだってこと、記憶にとどめておいて欲しい。
 んでもってあのろくでなし、六反田! 日頃の悪事がたたってバレンタインデーに義理チョコ一個あたらない間抜けぶりに、どこからかザマーミロー・コールが飛んできそうだが、なんと今年は起死回生の一発大逆転で、偶然やおいちゃん……もとい、やよいちゃんの手作りチョコを食べられるハプニング!! むむむむむ、六反田にはおいしすぎるぞ。やよいちゃんも、やよいちゃんだ。何せ可愛すぎるんだ、キミは。(?)しかも普通すぎるほどフツーなお嬢さんぶりには、ママレード出演女優中最高のロリがにじみ出ていて、既にお嫁にしたいタイプNO1の評価も一部では高いという。(どこでだ?)あの六反田と気が合う性格はいささか問題としても、やよいちゃんの素敵さに、この回はとどめを打つ。「えり子」の麻美ちゃんがふられた話(古い)を思い出してしまった。

49
 広島での一大メロドラマの結果、茗子は名村との婚約が成立。ゆっくり時間をかけて茗子の両親を説得し、高校を卒業したら広島へ嫁いで地元の大学を受けると語る少女の瞳は、未来への希望と確信に輝いている。懐かしい、先生との逢引場所、離れの図書館にたたずんで、いろいろあったけど今は全ていい思い出と感慨にひたるのは良いが、彼女の幸せの為に犠牲となった人達はどうなってしまうのだろうか。この点を考えると、必ずしも茗子と名村がくっついたことが良かったとはとても思えまい。むしろ引き裂かれた状態であった方が、みんなの平均的幸せを得る道ではなかったか。合理的にシナリオを詰めれば、バランス的配慮でそうなることの方が望ましい。されど、ここがママレードの見せ場だ。他の何者をも犠牲にしてまで、深く強く愛しあう二人が結び付くシチュエーションにこそ、ママレード・リリシズムの神髄がある。理屈を超えて感情の大きなうねりに身をゆだねる主人公達の体当たり的ドラマの中に、脚本至上主義から脱却したママレードならではの現実主義的リアリズム路線が培われているのだ。だから全ての結末に関しては、あらゆる予想を超えたシチュエーションが同列に扱わ れる可能性をもっている。いや、むしろこういうことだ。ママレードにはエンドマークは無い。現実の人間の恋する気持ちに、これでよしという結論など存在しないように、ハッピーエンドもバッドエンドもママレードには存在しない。すべては愛すべき者達のスクランブルな恋愛プロセスだ。「過程としての恋愛」を描き出すこと、ある一瞬の時代を切り抜きスクラップすることがママレードの目的に相違ない。だから何でも起こり得るし、何が起こっても、これで完結ということはあり得ないのだということ。
 だが、「結婚」の二文字は、ひとまずの結論として認められるべきか。その言葉の重さには、元より誰しもが平伏すしかない。混沌を避ける為にどこかでクサビを打ち込むことは必要なのだ。茗子と名村の「結婚」によって、涙を飲む人物は二人。三輪悟史と、桃井亮子。二人とも茗子と同じくらい本気で恋をした人達だ。
 茗子の呼び出しに応え、最後の別れを言いに来た三輪。「私、三輪さんには感謝してます。言葉では言い尽くせないほど……」「感謝なんかいらない! どうして俺のものになってくれなかった!?」ボロボロと茗子の両の目から涙がつたう。茗子はずるい。そんなふうに泣いたら、三輪は笑って身を引くに決まっている。彼ははじめて本気で、茗子の目の前で力任せにこぶしを叩き付けた。しかし、それも最後だ。三輪の本音の激白は多くは聞かれなかったが、彼が何を思い何を考えたかは十分に理解出来たのだから、プレイボーイスタイルの似合う後ろ姿に免じて、この辺で手打ちとしようではないか。
 しかしもう一人、亮子先生の場合は……あまりにもむご過ぎる。だって彼女は最後の最後まで本音をぶつけてはいない。どうして乱れないんだ。電話ごしの彼におもいっきり悲しみと恨みの言葉で泣き叫んでやれば良かったのに、どこまで物分かりのいい女を演じ続ければ気が済むのだろう。馬鹿な亮子。くるおしいほどにいとおしい亮子先生の純愛に、優しさに、そして大人としての強さに、胸の中を熱くしてしまった。8年の思いの決着は、あまりにも唐突で、はかない。そして最後まで彼女が彼の前で素直になりきれなかったのは、もともとそれが報われる筈のない恋だったからなのだと思いたい。亮子は、その人の前でも亮子自身でいられる男性を探すべきだ。名村に身を寄せて、一生彼のカラーに合わせて生きて行ってはならない。そうしかねない彼女を食い止める為の、こういう結論だったのだろう。納得いかなくても、納得するより仕方がないのだ。